由緒等不詳。 旧桜神社の遺趾は現地より南西500mの地点(丸祐管理物流センター)に「式内社桜神社」の碑が立っている。 明治41年11月に村社長倉神社に合祀された。 |
櫻神社 櫻は佐久良と訓べし、和名鈔、(草木部)櫻、(假字上の如し)○祭神詳ならず○佐倉村に在す、(俚諺) 考証云、木花開耶姫命、駿河国浅間神社同此神、北勢古志に、此神社は大矢智村に在て、俗に富士社とよべり、是則山村なる布自神社と同神にして、木花佐久夜姫命を祭れり、今富士社としもいふは、則布自神社より移れるなるべしと云り、連胤按るに、当社祭神は、朝熊神社に坐す櫻大刀自神にやあらん、櫻と云より開耶姫に当て、さて大矢智村に富士社と申が有しより、又推当てかくはいへるならめど、こは古志の作者に、禍日の禍れる心や出けむ、例には違へる僻説也、また大矢智村といへるも、富士社よりの引付ごとなるべし、こは佐倉村と云る方ぞ志たしく聞ゆる也、 神社覈録 |