堺公園墓地内法道寺真向かいに社殿が残っている。 垂仁天皇8年、天照大神が鳳凰と化して襲峯(この地)に降臨した、同55年に鳳凰は千種の森に移り、ここに大鳥社を祀るという当社は大鳥神社の元社に該當するという。 明治43年2月、延喜式内社桜井神社へ合祀された。 当社に伝わる男・女神像(木彫)3体は藤原後期の作と推定され、府の有形文化財の指定をうけている。府有形文化財国神社石燈篭は、「鉢峯山長福寺五所権現、応永19年3月17日勧進良秀」の銘文があり、松平定信の「集古十種」(1800)に載録された府下有数の古灯である。平成5年3月26日大阪府、堺市の補助により補修のあと桜井神社神具庫に保存している。 また、国の無形民俗文化財「こおどり」は、古来鉢ケ峯寺氏子が国神社に奉納して来た神事舞踊である。音頭取の歌に合せて、「ひめこ」を背負った赤黒の鬼神と、三尺棒を持った赤黒の天狗四人を中心に、一文字笠紋付に締太鼓を持った太鼓打八人と鐘打、扇振が新発知を先頭に外踊、鐘と大鼓の囃子で踊る古典的な郷土芸能で、明治43年当社が桜井神社に合併以来その秋祭に奉納されている。 |