円通寺境内の池のあるあたりに神野神社は鎮座していたという。 円通寺は永徳2年(1382)正月将軍足利義満が後円融天皇の勅命によって創建した曹洞宗の名刹。 |
源融と賀茂大明神 歌人として・また「光源氏」のモデルとしても高名な河原の左大臣こと「源融」は西暦884年頃からこの地「山田村」に滞在、890年にこの池の辺りに父君の「嵯峨天皇」と「賀茂別雷命」を祭神に「賀茂大明神」を建立、その時の賀詞の一節からこの地を「御油」と命名したと言われます。 この神社は、約500年間総社として地域の人々の信仰を集めますが、円通寺の創建に際し北田井の「賀茂神社」、北御油の「賀茂野神社」(現神野神社)に分祀されます。 そそり立つ大杉は御神木と言われ、唯一当時の名残を留めています。またこの地で「伊可古夜媛」が古代の丹波(但馬、丹後を含む)を治めたとする学説もあり、この場所に賀茂大明神が祭られた訳が伺われます。 伊可古夜媛と結婚した「賀茂建角身命」(神武の東征・熊野上陸で先導をつとめた「ヤタガラス」その人と言われる)は、今の京都の賀茂を拓き「賀茂の鼎主」となり、「賀茂御祖神社」(下鴨神社)に祭られます。 一方の「上賀茂神社」の祭神でもある賀茂別雷命は二人の孫に当たります。 社頭掲示板 |