須須岐水神社
すすきみずじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】祝神社 信濃国 埴科郡鎮座
          (境内社)祝神社

   【現社名】須須岐水神社
   【住所】長野県千曲市屋代1858
       北緯36度32分22秒,東経138度7分35秒
   【祭神】大國主命 生魂命 事代主命 (配祀)罔象女命 豐玉姫命 速秋津彦命 速秋津姫命 少彦名命 保食神 國常立命
   【例祭】10月第1日曜日 秋季例祭
   【社格】旧郷社
   【由緒】白雉2年(651)創始
       貞観年間(859〜77)比叡山・日吉山王社より山王権現(大国主命)を勧請
       正保2(1645)年、現在地に鎮座
       寛延酉(1751)年に波布離神の称を松代に譲る
       安永10年(1781)現今名の須須岐水神社と改称
       明治14年6月には郷社

   【関係氏族】
   【鎮座地】

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「山王社」と称していた
   【社殿】本殿
       

   【境内社】高市大神社

寛延4年(1751)に波布離神社(松代)に社名を譲るまでは、波布離神社と称されていた。
当社を式内祝神社に比定する説がある。


須々岐水神社

郷社須々岐水神社は、元式内祝神社なるべきも中世國照神社と称し、又雨宮と神事を共にするに及び、山王社と呼べり。故に寛延4年祝神社の號を松代の諏訪社に許可せらる、因りて天明元年改めて須々岐水神の社號を受く、屋代、埴生、杭瀬下、両宮縣、森倉科六町村の水神として尊崇する所なり。

埴科郡志



須須岐水神社

須須岐水神社の祭神と由緒
正殿に三柱の祭神
大国主命 国土経営の神
生魂命  生成化育の神
事代主命 大国主命の御子
相殿の左に四柱と右に三柱の祭神
罔象女命 水を主宰する神
豊玉姫命 水路の神
速秋津彦命 水戸の神
速秋津姫命 水戸の神
少彦名命  国土隆営助力の神
保食命 食物を主宰する神
国常立尊 天地を司る神
創立は悠久の古代で、当地における産土の鎮守。
近江の国比叡山日吉社から大国主命=山王権現を勧錆し、山王宮とも称す。やがて、近辺十八郷に灌漑生活用水を供する屋代用水の守護神となる。
正保2(1645)年、現在地に鎮座。
寛延酉(1751)年に波布離神の称を松代に譲り、
安永10(1781)年に現今名の須須岐水神社と改称。
明治14(1881)年6月には郷社に列せられ、また明治末年などには境内社を並置した。

社頭掲示板



須須岐水神社

須須岐水神社の本殿
天保14(1843)年3月矢代宿に大火があり、
須須岐水神社の社も類焼した。
早速地元及び氏子域十八郷からの寄付を集め、たまたま近隣武水別神社の建築で当地に滞在していた宮大工、立川富昌を棟梁として、すぐれた彫刻つきの本殿の再建にかかり、嘉永4(1851)年に竣工。
中央欄間に見事な彫刻の親子獅子、木鼻に獅子が見える。

社頭掲示板




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