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この地が布制神社の旧地と言われている。神社の前身は鎌倉時代の豪族布施八郎と後に天照大神とを奉斎した布施神社である。明治41年に五明の布制神社に御神体など引き渡したが、その後、昭和23年に御神体と社殿を布施神社跡地に遷座された。 社前に「臼女さん(石臼)」と称する石があり、古くは 「碓女」 さんと呼ばれ守護神として崇拝されてきた。 |
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臼女神社 (旧布施神社の変遷) 所在 篠ノ井布施高田臼女234番弛 社絡 無資格社 面積 二〇〇平方m(約282坪) 古老の言い伝えによると、神社の前身は六百数十年続いた鎌倉時代の豪族布施八郎と後に天照大神とを奉斎した布施神社である。 明治41年(1908)国の合併令により,五明の布制神社に御神体などを引き渡した。 昭和に入り長野県が養蚕業の隆盛期に、皇居の紅葉山の養蚕神社からご分体され.さらに再分体された更級養蚕神社が篠ノ井の地に奉斎されていたのであるが、神社が諸般の情勢により解体されることになり、識者の尽力により昭和23年ご神体と社殿とを布施神社跡地に遷座されたものである「 社頭掲示板 |
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臼女さん(石臼) 形状 自然石(玄武岩) 直径85cm 短径50cm 高さ45cm 上面 った所に直径20cm加工凹面あり この石臼は古くより「碓女」さんと、親しみを以て呼ばれ。唐臼区の守護神として多くの人々に崇拝されてきた。 神社不在の時期に於いても区民により手厚く保護され現在は臼女神社の象徴として一体をなし信仰されているる◎のである. 平成24年1月 唐臼区 唐臼歴史保存会 社頭掲示板神社覈録 |