惠奈神社
えなじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】惠奈神社 美濃国 高島郡鎮座
          (奥宮本社)惠奈神社

   【現社名】惠奈神社
   【住所】岐阜県中津川市中津川字正ケ根3786番地の1
       北緯35度26分35秒,東経137度32分1秒
   【祭神】伊弉諾命 伊弉册命
       (配祀)天照皇大神 豊受大神 一言主命 木花開耶姫命
       速玉男命 天目一箇命 猿田彦命

   【例祭】9月29日 例祭 9月29日 山頂奥宮例祭
   【社格】旧県社
   【由緒】永禄4年(1561)造営
       元和6年(1620)9月恵那山頂にある祭神を前宮に祀る
       明治6年1月郷社
       大正14年県社

   【関係氏族】
   【鎮座地】元和6年(1620)9月恵那山頂にある祭神を前宮に祀る

   【祭祀対象】
   【祭祀】
   【社殿】本殿三間社流造檜皮葺
       幣殿・拝殿・神符授與所・手水舎

   【境内社】葛城神社・富士淺間神社・熊野神社
        神明神社・劒神社・一宮神社


古事記に記載される信濃坂は信濃伊那郡の阿知駅と美濃恵奈郡の坂本駅を結ぶ御坂(神坂)峠であり、この峠に鎮座する神。
恵那が胞衣(えな)と訓が通ずる所から、いつしか神代の昔、天照大神が誕生の折、血洗池で産の機れを洗い、胞衣(えな)を納めたのでエナ山と呼ぶようになつた。
元々は恵那山山頂が本宮、麓が前宮であったが、1620年(元和6年)に前宮を新たに造営し直したさい、本宮が奥宮、前宮が本宮に変更される。


由緒

神代の昔、天照大神御隆誕ありし時、血洗地にて産穢を洗い胞衣を恵奈嶽に納む胞山の名の起こりし故なり。日本書記に日本武尊御東征の帰途、恵那の大神を拝せられし事あり。
延喜式神明帳  恵奈郡三座の内  恵奈神社 美濃国神明帳  従五位上     恵奈明神  従五位上     加上明神
中世までは神主・社僧・別当もあり恵那大権現・七所権現、又単に権現様と親しまれ、今にその名残を留む。
明治4年までは恵那郡の総鎮守・総氏神として崇敬されて来たが、明治6年郷社に大正14年県社に列し、終戦後、宗教法人金弊社恵那神社として、神社本庁の包括する所となる。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年




惠奈神社

惠奈神社由緒記
恵那山
恵那山は恵那郡第一の高峯にして(2,190m)神代の世 天照皇大神の御胞衣を此の山頂に納めし故恵那山と謂い恵那神社の鎮座せられたるも神代の時なり。古事記、日本書紀に日本武尊この山に御登拝の記事あり。
恵那神社
恵那山の頂上崇霊の地にありて社殿は流れ造り祭神は伊邪那伎大神 伊邪那美大神なり
社格
延喜式神名帳 恵那郡三座之内恵奈神社
美濃国神名帳 従五位上恵那明神
明治4年までは恵那郡の総社なり
明治6年1月 郷社指定
大正14年9月19日 県社に昇格
昭和28年3月10日 金幣社指定
摂社 (恵那山頂に鎮座)
葛城社(一言主大神)富士社(木花咲耶姫大神)熊野社(速玉男命)神明社(天照大神・豊受姫大神)剣社(一箇命)一宮社(猿田彦大神)
前宮
恵那山頂にある本社及び六社の祭神を奉仕す
例祭日 9月29日
宝物  宝刀四口 内一口は伯耆国住貞綱作にして木曽義仲奉納と伝う
女男杉 樹齢約千年 昭和41年9月岐阜県文化財に指定
御手植杉 昭和42年2月3日 三笠宮殿下御参拝記念

社頭掲示板



恵那山

信仰の山 恵那山
 恵那山は信仰の山であった。恵那山山頂には、恵那神社の本社と共に6社の摂社が祀られている。本社の祭神は伊邪那岐・伊邪那美両大神の2柱、摂社は葛城社(一言主大神)、富士社(木花咲開姫大神)、熊野社(速玉男命)、神明社(天照大神・豊受姫大神)、剣神社(天目一固命)、一宮神社(猿田彦大神)の6社である。創建は不詳であるが、一説には、延長5(927)年朝廷から幣帛料を賜った神社として『延喜式神名帳』に登録された式内社とされ、古い伝統のある社と考えられている。現在は金幣社の社格である。また川上(中津川市正ヶ根)には、前社として頂上の恵那神社と全く同一の祭神が祀られている。
 行事としては、9月19日に奥社(恵那山頂)の例祭が、宮司・氏子らによって4時間もかけて登山し行われ、9月29日には前社(川上)の例祭が行われている。前社の祭礼の日には神楽殿において、岐阜県指定無形文化財の「恵那文楽」が、地元保存会の人々によって奉納されている。この文楽の由来は元禄年間(1688〜1703)淡路の傀儡師(操り人形をあやつる芸人)が、この美濃地方を巡業した折、この川上地区に伝えたとの言い伝えが残る。

http://www.enasan-net.ne.jp/mtena/rekishi_ena/p45.html



恵那神社

創建は不詳ですが延長5年(927年)全国の神社の中で大社を官社と定められ、朝廷から幣帛料を賜った神社として、延喜式神明帳に登載された式内社です。社の古さを物語るように拝殿前には、樹齢推定千年と言われる夫婦杉(県指定重要天然記念物)が雄々しく並び樹勢今なお盛んです。太古天照大神の胞衣(えな)へその緒を納められた事から恵那と銘名されたと伝わり、この山の周辺地域を恵那市、近くの観光地恵那峡、中央自動車道恵那山トンネルなどの名称は全てこの恵那に由来する。
近くに血洗池、血洗神社があり、天照大神の胞衣を洗われたところからこの名が付けられた池の跡に腰掛け岩もあり、大神をお産みになり安気になって腰掛けられ、以来この地を安気村と名付けられ、後年阿木となった。更に恵那山麓の神坂地区に湯舟沢と称する谷が有り、この沢で天照大神の産湯をお使いになったので、この名が付けられたと言われます。
爾来、安産、子授け、初宮詣、家内安全に御神徳が高い神社です。
古くは信濃国木曽郡全域も氏子であり、木曽義仲が旗揚げの際、戦勝祈願を恵那神社で行った時の祈願詞も保存され、その時に木曽義仲が奉納した伯耆貞綱の名太刀(県指定重要文化財)が社宝として保管されています。

岐阜県神社庁



延喜式内社恵那神社の由緒

鎮座地 奥宮本社 恵那山2191mの山頂(摂社6社と共に)
      前宮本社 中津川市川上正ケ根3786番地の1
御祭神
 主祭神 伊邪那伎大神・伊邪那美大神の夫婦神
 摂社神 一の宮神社(猿田彦大神) 二の宮剣神社(天目一箇命)
       三の宮神明社(天照大神・豊受大神)四の宮熊野社(速玉男命)
       五の宮富士社(木花咲開姫大神) 六の宮葛城社(一言主大神)
社格 延長5年(927)に完成した「延喜式神名帳」に恵那郡三座の内恵那神社と記されて居る(奥宮)
    天慶3年(940)に作られた「美濃国神名帳」に従五位恵奈明神とあるのが前宮
    明治4年(1871)恵那郡の総鎮守総氏神と尊崇される
    明治6年(1873)郷社に指定される
    大正14年(1925)9月岐阜県の県社に昇格
    昭和20年(1945)3月10日宗教法人岐阜県金幣社に指定
例祭日 
 山頂奥宮及び六摂社 毎年9月19日
 前宮本社 毎年9月29日
御神宝 木曾義仲奉納の伯耆国住貞綱の太刀(岐阜県重要文化財指定)
御神木 樹齢1000年と云われる夫婦杉(岐阜県天然記念物指定)
芸能 古く元禄の頃より伝わる恵那文楽(岐阜県重要文化財)は例祭日と1月元日に奉納される
恵那山 美濃地方の最高峰、日本の百名山に数えられる
恵那の地名は伊邪那伎大神・伊邪那美大神の夫婦神が峠を越されて美濃の地に入られた(神坂峠・神坂村の地名あり)時、天照大神をお産みになった際胞衣(胎児を包んだ膜と胎盤)を山に納めたと伝えられて胞衣山が恵那山に、また、産湯をつかわれた湯が「湯船沢」、胞衣を洗ったとされる「血洗の池」「血洗神社」、出産を終えて安らかな気分になり腰を掛けた岩「腰掛岩」、安らかな気・安気が「阿木村」等、言い伝えにまつわる地名が数多く残る。
記 恵那神社 第25代宮司 梅村幸司 氏子総代 可児豊司

社頭掲示板



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