当初は先田谷に鎮座。 「先田谷は中海の岸に沿う小丘の蔭の谷間で、現境内より約二町の前方にある。その神跡と称する地点は谷間が稍々小高く叢藪となつている所で、そこに四畳敷大の巨石が残つている。」と式内社調査報告に記載されているが、宮司に確認したところ、「この地区の古老数人に確認したが『聞いたことがない』ということであり、相当以前に土中に埋没し、地域の人々から忘れられたものではないか。現在先田谷は耕作放棄地となっており土地の所有者も何年も奥に入っていない。」とのことであった。 地図上のプロット点は宮司よりの聞き取りによる推定地点。 |