女夫岩
めおといわ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】完道神社 出雲国 意宇郡鎮座
          (参考)大森神社

   【現社名】女夫岩
   【住所】島根県松江市宍道町白石
       北緯35度23分44秒  東経132度54分34秒
   【祭神】
   【例祭】
   【社格】
   【由緒】由緒不詳

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】本来は巨石を祀る
   【祭祀】
   【社殿】
       

   【境内社】

巨石は天平5年(733)に編纂された出雲国風土記の意宇郡宍道郷についての地名伝承に書かれた「猪像」(ししのかた)にあたるとする考えがある。
宍道町佐々布の大森神社の旧社地との伝もある。
現在の所有者は大森神社。


女夫岩

県指定史跡 女夫岩遺跡 八束郡宍道町白石
この遺跡は二つの巨石からなり、地元で信仰の対象として「女夫岩さん」とも「宍岩さん」とも呼ばれている。巨石の大きさは、北側のものが長さ9m、幅2.5m、高さ4m以上、南側のものが長さ6m、幅3m、高さ4.5m以上を測る。
平成6年(1994)に中国横断自動車道の建設予定地となったことから、平成8年(1996)に県教育委員会と宍道町教育委員会が巨石周辺の調査を実施した。その結果、占墳時代中期から後期5−7世紀頃の祭祀に使われたと思われる土器片が出土し、巨石信仰が古代にさかのばる可能性か高くなった。巨石周辺の平坦地や石垣がつくられた時期は不明であるが、遺物の中には近世から近代のものもあり、古代から現代まで祭祀の対象となっていたと考えられる。
また、巨石は天平5年(733)に編纂された出雲国風土記の意宇郡宍道郷についての地名伝承に書かれた「猪像」(ししのかた)にあたるとする考えがあり、宍道町白石の石宮神社の巨石とともに風土記の伝承と現存する遺跡との関わりを考えるうえでも貴重な遺跡である。
このような経緯から、平成9年(1997)に遺跡は県指定史跡となり、現状のまま保存されることとなった。 平成9年3月28日指定 平成12年3月 島根県教育委員会 宍道町教育委員会

社頭掲示板



夫婦岩について

「日本初之宮」とされる須我神社。その奥宮として、須佐之男命ほか三神が祀られている岩座が夫婦岩です。 大きさの異なる2つの岩が寄り添うように並び、その傍らにもう一つ小さな岩。大きなものから須佐之男命、奇稲田比売命、清之湯山主三名狭漏彦八島野命であると言われています。

雲南市HP



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