布気皇館太神社
ふけこうたつだいじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】忍山神社 伊勢国 鈴鹿郡鎮座

   【現社名】布気皇館太神社
   【住所】三重県亀山市布気町1663
       北緯34度51分17秒,東経136度26分12秒
   【祭神】天照大御神 豊受大神 伊吹戸主神
       (合祀)宇迦之御魂神 火之迦具土神 大山津見神 大名牟遅命 菅原道真
       火之夜芸速男神 木花佐久夜比売命 宇都志国玉神 天宇受売命 五男三女神
       帶中日子命 広国押武金日命 建速須佐之男命 猿田彦神 品陀和気命
       稲田比売命 高御産巣日神 手力雄命 彦狹知命 手置帆負命

   【例祭】10月14日 例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】古く野村布気林にあつた
       文明年間の兵乱によつて衰退
       明治4年7月、布気神社・皇館太神社として村社列格
       同39年12月神饌幣畠料供進指定社
       同40年村社皇館太神社と単称
       同41年6月村社布気皇館太神社と改称

   【関係氏族】
   【鎮座地】古く野村布気林にあつた
        文明年間の兵乱の後現地へ遷

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「高野大神宮」「皇舘多賀ノ宮」と称していた
   【社殿】本殿神明造
       拝殿・社務所・参籠所・手水舎

   【境内社】

鈴鹿川北岸の河岸段丘の上に鎮座する。
古く野村布気林(野村の西北部・野尻村との境)にあつたが、文明年間の兵乱によつて衰退し、のち、現社地の皇館の森に移つたと伝えている。
中世には、神戸郷の神領を管した在地の豪族板淵氏(同村の西北に居住)が当社の祭祀を経営していた。
文永元年(1264)に関実忠が地頭職として亀山に移住し、亀山城の氏神とした。
享保8年(1723)に吉田家より皇館大神宮の神号を受けた。


布気皇館太神社

延喜式巻九「伊勢国鈴鹿郡19座並小布氣神社」とあり、垂仁天皇18年の創始にかかる式内社です。
社名の皇舘とは、垂仁天皇の御宇、天照大御神が忍山に御遷幸の折、大比古命が神田・神戸を献じたことに由来し、野尻、落針、太岡寺、山下、木下、小野、鷲山の七ヶ村を神戸郷といいました。
九々五集巻第六上には、「高野大神宮 関氏より続テ亀山御城主御氏神三社之内 神辺七郷惣社ノ宮(略)宮地長長八十間横百間」とあり、また同書の巻第九の巻末に記述の「舘殿御由来」には「抑勢州鈴鹿郡神戸庄皇舘多賀ノ宮は豊受皇太神宮の荒魂の御神なり。夫レ神戸と申侍るは人王十代崇神天皇七かのへ寅歳奉勅命て諸国所々に御舘を改め其郡の宗廟として荒魂の卸神を社の神戸なり」とあります。
布気皇舘太神社は、時代によっていろいろな名で村人に親しまれたが、明治41年近郷の小社・小詞を合祀し、現在の社名となりました。

社頭掲示板



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