天香山神社
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   【延喜式神名帳】天香山神社 伊勢国 多気郡鎮座
   【延喜式神名帳】火地神社 伊勢国 多気郡鎮座

   【現社名】天香山神社
   【住所】三重県松阪市保津町 817
       北緯34度34分21秒,東経136度36分26秒
   【祭神】八柱神・高崎姫命・須佐之男命・伊邪那岐命
       度会延経以下多くの説は、天八千々姫
       御巫清直等は天香山命
       橋村正身は火之戸幡神
       皇太神宮の御神体である八咫鏡を天香山命が天香山の金で作つたという伝承があり、
       その祭神は天香山命であつた可能性が大きいと思われる。


   【例祭】
   【社格】
   【由緒】由緒不詳
       中世には所在不明
       江戸時代に考証、比定される
       明治36年1月9日村社宇気比神社境内へ移転合祀
       明治42年大国魂神社に合祀
       昭和10年旧宇気比神社の地に分祀

   【関係氏族】
   【鎮座地】当地は旧宇気比神社の地
        もとは森田吉右工門宅内に祭られていた(所在不詳)

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「耕作宮」と称していた
   【社殿】本殿板葺神明造
       手水舎・社務所・拝殿所

   【境内社】

保津集落の中心部に位置する。櫛田川と祓川に狡まれた標高4m前後の自然堤防上に立地する。
大和の天香山を祀る意味で、当郡に天香山神を分祀した。
皇太神宮の御神体である八咫鏡を天香山命が天香山の金で作つたという伝承ともあわせて、その祭神は天香山命であつた可能性が大きい。
長く資料無く不詳であった。江戸期に耕作の神とされていたことから天香山神社と考えられた。
香山宮(こうさん)=高崎宮(こうさき)=耕作宮(こうさく)と変化したという。
明治36年1月9日、森田吉右エ門宅内に祭られていた耕作の宮(無格社)は、村社宇気比神社境内へ移転合祀され、明治42年大国魂神社に合祀。昭和10年旧宇気比神社の地に分祀。
当社は式内社「火地神社」を合祀したともされる。


天香山神社

天香山は阿米乃加語夜萬と訓べし○祭神詳ならず○保津村に在す、服部機殿南也、(考証)今飯野郡に属す、○神名秘書曰、旧記云、神衣祭者、皇太神宮御座高天原之昔、人面等之遠祖天八千々媛、殖桑棄於天香山、以所鋸蚕之御糸織供進御衣、

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