田上大水神社
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   【延喜式神名帳】田上大水神社 伊勢国 度会郡鎮座

   【現社名】田上大水神社
   【住所】三重県伊勢市藤里町字大丸679
       北緯34度28分49秒,東経136度42分27秒
   【祭神】神主小事
       『度会県宮社検査録』『摂社古今次第』『特撰神名牒』祭神未詳

       社名から推測できるように、元は水の神であったのではないかとされる。

   【例祭】10月 20日神嘗祭
   【社格】
   【由緒】創立年代不詳
       中世廃絶
       承応元年(1652)出口延良が再興

   【関係氏族】度会四門一族
   【鎮座地】この地が当初鎮座の地か
        承応元年(1652)出口延良が再興

   【祭祀対象】氏祖
   【祭祀】中世中絶
   【社殿】正殿二宇
       玉垣御門・玉垣・鳥居

   【境内社】御前神社

外宮の摂社16社のうち第5位である。
外宮社域の南東近く、御料田のうしろ、 こんもりとした木のしげった川の北岸丘の上にある 「丸山さん」 とか 「車塚」 ともいわれる。 止由気大神宮儀式帳には田上神社とある。
度会神主四門の祖・小事神主を祭神とする。
周囲20間、 高さ3間の丘、 まわりに濠がある。 古くから円墳であるといわれる。 中世までは石槨が見られたという。
この神社はその田上大水神社の社名から見て、元来は豊宮崎神田の水の神であつたと思われ、この地に度会神主の一族が蔓延するに至つた後、この地に度会氏の祖先の墓墳をいとなみ、それがやがて度会神主の祖神信仰に移つていつたものと思われる。
当社も中世以降長らく中絶となつていたが、承応元年(1652)、豊受大神宮権禰宜出口(度会)延良が、度会四門の氏人を勧誘して再興した。
そのため、明治の神宮改正までは、度会四門の氏人の手により造替されてきた。
玉垣の中に、正殿2殿、正面を向いているのが田上大水神社、東を向いているのが御前神社。
御前神社は小事神主の女宮子(斎王の御杖代と言われる)を祀り、現在では外宮の摂社に加えられている。


田上大水神社

田上大水神社(たのえおおみずじんじゃ) 豊受大神宮摂社
小事神主(おごとかんぬし)
祭神は度会神主四門の祖・小事神主(おごとかんぬし)。
ご鎮座の丘を地元では「丸山さん」とか車塚とも呼んでいる。御垣内に摂社の田上大水御前神社が東面してご鎮座されている。

神宮会館



田上大水神社

田上は多乃倍と読り、大水は前に同し、〇祭神大神主小事〇継橋郷宮崎(俗云丸山)に在す、(神名略記)○式四、(伊勢大神宮)渡会宮所摂十六座の第六に戴す、○外宮儀式帳云、田上神社、」神名略記云、禰宜補任云、乙乃古命四男也、四門始租是也、以小事女宮子内親王御杖代立奉、爾時天皇安穏人民化楽、仍小事薨時、賜東國民令其墓作也、其霊度會宮崎内、称田上大水社祭之、祝任神主氏人、又宮子霊同所、號前社祭之、或説、策田上西大水有前社、

神社覈録



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