新羅神社
しんらじんじゃ 所在地 社名

















   【延喜式神名帳】信露貴彦神社 越前国 敦賀郡鎮座
          (旧地)新羅神社【旧地】燧ヶ城跡

   【現社名】新羅神社
   【住所】福井県南条郡南越前町今庄 80-5
       北緯35度46分15秒、東経136度11分52秒
   【祭神】素盞嗚命 火産靈命 大山咋命
   【例祭】5月4日 例祭 10月8日 例祭
   【社格】旧郷社
   【由緒】齊衡3年(856)9月従五位下
       寿永2年(1183)源義仲遷座
       天文年中(1532〜55)今の社地に遷
       元和年中(1615〜1624)社殿修築
       寛永4年(1627)再建
       正保2年(1645)炎上
       貞享2年(1685)再建
       明治4年村内白髭神社へ合祀
       明治8年5月現地に還座
       同9年村社に格下
       同13年2月4日郷社

   【関係氏族】
   【鎮座地】往古燧山の山頂に鎮座
        寿永2年(1183)源義仲築城のため遷座
        天文年中(1532〜55)今の社地に遷

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「新羅明神」と称していた
   【社殿】本殿権現造銅板葺
       拝殿

   【境内社】

当社は、往古燧山の山頂に鎮座していたが、寿永2年(1183)に源義仲が是に城郭を築こうとして、傍に小社を建てて遷座した。其の後、天文年中(1532−55)に郷民が協議して当今の社地に神殿を新築して、神璽を遷座。
一説に「今庄の新羅明神は新羅三郎義光の霊を祀る、義光は鎭守府將軍頼義の三男にて、關東の源氏、佐竹、柏木、加賀美、小笠原、武田等の租也、新羅明神を氏神としてこの神前にて元服ありし故新羅三郎と名乗るといふ」
御神体は智証大師作と伝える新羅明神の木像


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