天香久山の北山腹にあり。境内に「赤埴聖地」の碑あり、近くに「白埴聖地」の碑もあり。 『大和志料』は当社を畝尾坐健土安神社とする 神名帳に「元名大麻等乃知神」とある。 本殿の後に巨石が三つ屏風のように立つている。これは石座であつたと考えられ、本来はこの岩を天香山の神霊として祭つたものと考えられる。 神武紀に菟田の八十梟帥を征討するのに、天神が夢に「天香山の杜中の土で平甕、厳甕を作り天神地祇を敬祭せよ」と教えたとある。 本社は太占の卜事を掌る神を祭つた社であり、卜事に関係した氏族として史上明らかなものは中臣氏である。 延喜式 京中 卜庭神・久慈真智命神の本社にあたる。 |
天香山神社 あまのかぐやまじんじゃ 奈良県橿原市南浦字天子。旧村社。天香山坐櫛真智命神社、天香山坐四処神社とも。櫛真神命を祭神とする。神武紀に菟田の八十梟帥を征討するのに、天神が夢に「天香山の杜中の土で平甕、厳甕を作り天神地祇を敬祭せよ」と教えた、とある。『延喜式(大、月次新嘗)』『亀相記』に上古亀トを掌る神とみえ、貞観元年(860)従五位上(『三代実録』)天平2年(730)神田一町寄せらる(大和国正税帳)。宮座二座あり。旧正月5日、5月10日に神事あり。南浦にある左坐では、5月10日前後に、ゴオタク祭というのがあり、座衆が、御湯行事を行い、その後直会でゴオタクの歌を歌う。旧正月5日に、枝つきの川柳の幹の根本を三つ割りし、そこへ生漉紙に「牛玉 天香山大明神宝印」と刷った牛玉印符をはさむ。また正月14日神社で雄松と雌松若枝を一本つつ藁にくくった苗松を六〇束献じ、座衆に授与する。籾まきのとき牛玉とともに苗代の畔に挿す。10月12日、宮送り神事。 神社辞典 |
天香山坐櫛眞命神社 大月次新嘗 元名大麻等乃知神 天香山は阿米乃加具夜萬、櫛真は久慈眞智と訓べし〇祭神明か也○香具山北麓に在す、今北浦神と称す、(大和志、同名所図会)、〇日本紀、神武天皇戊午年8月、夢有天神訓之曰、宜収天香山社中土、以造天平瓶八十枚、并造嚴瓶而敬祭天神地祇、 類社 左京二條坐久慈真智神 神社覈録 |