神社の南に第八代孝元天皇の陵と伝える劔池島上陵と、それを囲む(石川池)がある。畝傍中学校の南の小さな尾根端の上にあり。 御神体は紙幣とする。 近世には山王権現と称した。 天保14年(1843)の湯釜に初めて「大歳神社」 と刻し、「延喜式」神名帳高市郡の「大歳神社二 座」にあてるが、「大和志」は同社の在所不詳 としている。 この地は敏達天皇の13年(584)に蘇我馬子が百済から献上された仏像を請い受け、己が石川宅に安置して寺とした石川精舎跡であると伝えられている。 |
大歳神社 創建年代は明らかでないが、延喜式神名帳に登載される式内社に比定されていることから考えて、平安中期以前創祀の筈であるが、実証史料がない。 大和志(1734)は在所不詳としているが、古事大歳神と大山咋命二座を祭神とすると伝える。 奈良県史 |
大歳神社二座 大歳は於保止之と訓べしO祭神大年神、(前一座詳ならず)○在所詳ならず 類社 山城國乙訓郡大蔵神社の下見合すべし 神社覈録 |