春日神社
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   【延喜式神名帳】他田坐天照御魂神社(大 月次/相嘗/新嘗)大和国 城上郡鎮座

   【現社名】春日神社
   【住所】奈良県桜井市戒重557
       北緯34度30分50秒,東経135度50分17秒
   【祭神】天児屋根命 天太玉命 武甕槌命 比売大神
       現在の祭神は春日神社の祭神である

   【例祭】9月10日 例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】『大倭国正税帳』他田神戸穀壱斛『正倉院文書』
       大同2年(807)神封として、他田神二戸『新抄格勅符抄』
       貞観元年(859)正月27日従五位上『三代実録』
       以後、他田社は史上にあらわれず埋没
       大永四年(1524)戒重春日神社を長田宮ともいつていた

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「長田宮」と称す
   【社殿】本殿春日造桧皮葺
       拝殿

   【境内社】稻荷社・琴平社・瑜加神社・繁森社

近鉄大阪線の北側下にある。式社の表示は無い。街中の小社であり社地は平地。
大永4年には戒重春日神社を長田宮ともいつていた。
最初に戒重春日社を他田坐天照御魂神社に擬している説をかかげたのは『古事記伝』
往古は長田宮と称し、織田氏移営の後社名を改めたか。


敏達天皇訳語田・幸玉宮推定地

敏達天皇(572--85?)の訳語田幸玉宮(オサダ サチタマミヤ)について、扶桑略記・帝王編年記ともに磐余訳語田宮とし、磐余の範囲内にあったことが確認できる。
訳語田幸玉宮の所在地については、従来、桜井市大田とする説と桜井市戒重とする2説があった。しかし、戒重村はかつて他田庄と呼ばれ、また戒重村の小字・和佐田(ワサダ)は明治以前・他田(オサダ)であった。
そして、この春日神社は古くは他田宮(長田宮)と称したことなどから、この地域が考えられる。
桜井市教育委員会

社頭掲示板



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