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「墓西」(はかにし)とも書かれるように、屋敷山古墳の西側にあることに由来する。祭神は北殿が下照比売命、南殿が菅原道真。本殿は一間社春日造で重文。棟続きであるかのように連結させた珍しい形式。天文19年(1550)の銘から、室町時代末期の建立と考えられるが、平成12年(2000)に保存修理が行われた。 当社を葛木倭文坐天羽雷命神社に比定する説がある。 |
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由緒 当社の鎮座由緒並びに創始年代等は不祥とも、往古より葛木倭文坐天羽雷神社と称し波加仁志明神と唱え祭神は元、天羽雷命、菅原大神を斎祀されていたが、明治初年のころ大和志の書載するところにより、祭神を天羽雷神社は同郡当麻町加守に所定し、祭神を下照姫命を祭るようになった由、その理由不明。 全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年 |
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国指定 重要文化財 博西神社本殿 博西神社は、屋敷山古墳(国指定・史跡)の西に建てられた社(やしろ)であることから、「陵西(はかにし)」または「墓西(はかにし)」とも書かれ、その創建や由緒については明らかではありませんが、中世このあたりを支配した布施氏の氏神として、布施郷支配の信仰上の拠点となっていました。 本殿は身舎側面一間の「一間社春日造」で、土台建の円柱に舟肘木を組み、軒は二軒繁垂木、妻を叉首組どしています。庇は出三斗、中備蟇股(第一殿<北殿>は藤、第二殿〈南殿〉は牡丹の透彫)、一軒繁垂木で身舎と繋虹梁で結んでいます。幣軸付板扉、脇障子を前寄りに立て、切目縁を回らし、屋根は檜皮葺です。 規模・形式とも全く等しい社殿を障塀でつなぎ連結としている形式手法などから、本殿の建立年代は、伝えられる大永年間よりやや新しい室町時代末期と考えられます。平成十二年に保存修理が行われました。 葛城市教育委員会 社頭掲示板 |
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博西神社 場所 奈良県葛城市新庄町寺口1231 祭神 下照比賣命 北殿 菅原道眞 南殿 知恵の神 由緒 本社はもと倭文(シトリ)神社、或は波加仁志神社と称し寺口大屋新庄桑海中戸■庄南道穂北道穂西室東室柿之本北花月笛堂曽大根の十四ヶ町村の総氏神として奉斎していたが、慶安年中に桑山氏が新庄に居住するに及び新庄外七ヶ村を割いて宇佐神祠に属させてからはだんだん少なくなり現在は寺口大屋二ヶ村の氏神である。 神社建物 本殿二社は室町時代末期の建造春日造り重要文化財指定 社頭掲示板 |