粟神社
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   【延喜式神名帳】粟神社 山城国 綴喜郡鎮座

   【現社名】粟神社
   【住所】京都府城陽市市辺大谷68
       北緯34度49分45秒,東経135度48分59秒
   【祭神】粟神
       粟直祖神歟『神社覈録』
       少名産名『綴喜郡誌』

   【例祭】4月8日 例大祭
   【社格】
   【由緒】孝安天皇の御代、平間山麓の百舌ヶ原に少彦名尊と高皇産霊神が降臨
   【関係氏族】粟直
   【鎮座地】もと今のところより東へ約5〜600m余り、小字松尾(鎭守屋敷という)にあつた

   【祭祀対象】粟直の氏神社
   【祭祀】近世以降は粟明神ないし粟大明神を称していた
   【社殿】本殿流造 
       社殿全体を土屏で囲んである
       拝殿

   【境内社】存在しない

青谷川沿いのごく小社。薮の中の社。手入れも良くない。
粟直の氏神社とする
古代農業の灌概用水源を祀る意味もあつたものであろう。
孝安天皇の御代、平間山麓の百舌ヶ原に少彦名尊と高皇産霊神が降臨し、祀られたのが當社である。
近世以降は粟明神ないし粟大明神を称していたようである。
山麓を利用した社叢を有する。
もと今のところより東へ約5〜600m余り、小字松尾(鎭守屋敷という)にあつたが、中古、いまの地にうつした。
市辺の集落はかつて当社付近にあつたと言われ、青谷川の氾濫によつて現在地ヘ移動したという。從つて現粟神社は集落からは完全に孤立している。


粟神社

粟は阿波と訓べし、和名鈔(稲穀部)粟、(仮字上の如し)○祭神粟直祖神歟○市邊村粟谷に在す、山城志
類社
和泉國和泉郡粟神社
氏人
続旧本紀(宝亀7年6月甲子、近衛大初位下粟人道足等十人賜姓粟直、

神社覈録



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