山裾の神社。集落の隅に鎮座する。 この地は鎌倉時代から約250年にわたって、京都・東寺(教王護国寺)の荘園であり、中世荘園研究の重要な地となっている。 |
太良荘 太良荘は、石器が発見されたことから弥生時代後期(1800年前)には集落が形成されていたと推定されます。また6世紀には古墳群をつくる程の大きな勢力がありました。地名のルーツは、奈良の都出土の木簡に「丹生郷」とあり8世紀の記録が残っています。伝承として養老4年(720年)に式内社丹生神社、神亀5年(728年)に日枝神社が創建され天治2年(1125年)長田師季の子丹生太郎忠政がこの地に住み、国衙領「太良保」といわれたのが当村名の始まりです。 承安3年(1173年)忠政の子丹生雲厳の乞いにより天台僧 雲が薬師谷に薬師堂を建立、その後 保4年(1216年)国衙領太領保から歓喜寿院に寄進され荘園「太領荘」となりました。 社頭掲示板 |