高天神社
たかてんじんしゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】比奈多乃神社 遠江国 城飼郡鎮座

   【現社名】高天神社
   【住所】静岡県掛川市上土方嶺向2650
       北緯34度41分53秒,東経138度2分3秒
   【祭神】高皇産靈尊 天菩比命 菅原道眞
   【例祭】3月最終日曜日 例祭
   【社格】旧郷社
   【由緒】延喜12年(921年)正月15日勧請
       応永23年(1416年)今川了俊城郭を築き太宰府の天満宮を御同殿に奉斎
       元亀天正の頃戦場となる
       慶長6年(1601)大須賀出羽守忠政6石寄進し社殿造営
       慶安元年8月徳川家光朱印を下付
       明治6年3月郷社
       明治45年3月25日神饌幤帛料供進社指定

   【関係氏族】
   【鎮座地】

   【祭祀対象】
   【祭祀】
   【社殿】本殿
       拝殿・社務所

   【境内社】祖霊社・元宮社

武田と徳川氏攻防の城高天神城の跡地に鎮座している。当社を比奈多乃神社に比定する説がある。


由緒

創建年代詳ならず、往古土師氏土形郷を領し、郷中高天神社に祖神天菩比命を斎き奉ると伝えられ、或は醍醐天皇延喜12年(921年)正月15日勧請し奉ると高天神旧記にある。応永23年(1416年)今川了俊当山に城郭を築き、筑紫太宰府の天満宮を御同殿に斎き奉り、城中守護の神となす。元亀天正の頃戦場と化し、古記類等失亡して往古を知る由もないが、慶長6年(1601年)横須賀城主大須賀出羽守忠政武運長久を祈り、霊験をもって新たに6石の地を寄進し社殿を造営す。慶安元年8月徳川家光右6石の地を新寄進し朱印を下付す。明治6年3月郷社に列せられ、同45年3月25日神饌幤帛料供進社に指定せらるる。氏子、上土方、下土方389戸、例祭日3月25日、流造、境内、5870u。特殊神事、河内国枚岡神社の社伝を伝えて、管粥の神事あり。毎年1月15日小豆粥の中に管百本を立て神前に供えて其の年の豊作物の豊凶を占う。宝物、慶長6年(1601年)4月2日付大須賀忠政社領寄進状(県資料第四輯)

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年




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