藤谷神社
ふじたにじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】奈良神社 遠江国 城飼郡鎮座

   【現社名】藤谷神社
   【住所】静岡県菊川市東横地
       北緯34度44分1秒,東経138度5分35秒
   【祭神】天兒屋根命
   【例祭】10月17日近い土曜日 例祭
   【社格】旧郷社
   【由緒】承保元年(1074)9月9日勧請
       応徳元年(1084)藤谷大明神と改称
       慶長6年(1601)4月2日横須賀城主大須賀出羽守が社領五石を寄進
       慶安元年(1648)7月17日徳川家光が社領高五石の朱印状を寄せる。
       明治元年藤谷神社と改称
       明治4年4月2日郷社

   【関係氏族】
   【鎮座地】

   【祭祀対象】
   【祭祀】
   【社殿】本殿
       拝殿

   【境内社】

承保元年(1074)9月9日八幡太郎源義家朝臣の願いにより、横地城城主横地太郎家永の家臣二俣弾正近永が奉行して南都(奈良)春日大明神をこの地藤谷山に勧請する。
当社は菊川市上平川春日に鎮座する春日神社の元地であるとする。


藤谷神社

鎮座地 菊川市東横地122
神社等級 七等級
護祭神 天児屋根命(あまのこやねのみこと)
天児屋根命とは、藤原氏の護祭神で一説には藤原氏の始祖とも伝えられる。
古事記や日本書記の中に出てくる『天の岩戸』神話がある。
高天原で、神々の主、天照大神が、弟神、素さのおの尊の度重なる乱暴を怒り悲しみ、天の岩戸の中に隠れてしまった。そのため高天原は暗黒の世界になってしまった。この時、天児屋根命が、岩戸の前に榊を立て、そこで祝詞を奏上した。そして他の神々が、焚き火をし、音曲神楽でにぎやかにはやし立てた。天照大神は「何事が起きたのだろう」と、岩戸を少し開けてのぞいた。そこを、すかさず大力男命岩戸を押し開けて大神を引き出した。そのため高天原は再び明るさを取り戻した。
という神話である。
天児屋根命は、この岩戸事件解決の企画立案かつ上演者でもあったのである。
相殿神 熊野神社(祭神 伊弉冉尊=いざなぎのみこと)
    三島神社(祭神 大山祇命=おおやまつみのみこと)
例祭日 10月17日に近い土曜日 他恒例祭年6回
由緒
人皇第52代白河天皇の御代承保元年(1074)9月9日八幡太郎源義家朝臣の願いにより、横地城城主横地太郎家永の家臣二俣弾正近永が奉行して南都(奈良)春日大明神をこの地藤谷山に勧請する。
その後、応徳元年(1084)故ありて藤谷大明神と改称されたと伝う。
慶長6年(1601)4月2日横須賀城主大須賀出羽守が社領五石を寄進し、慶安元年(1648)7月17日徳川家光が社領高五石の朱印状を寄せる。
明治元年(1864)藤谷神社と改められ、明治4年4月2日郷社に列せられる。
以上は「静岡県小笠支部神社誌」ならびに「横地村誌」から抜粋

社頭掲示板




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