春日神社
かすがじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】奈良神社 遠江国 城飼郡鎮座

   【現社名】春日神社
   【住所】静岡県菊川市上平川春日 30
       北緯34度43分7秒,東経138度4分53秒
   【祭神】天児屋根命
       「伊勢神宮大祭主」天倭忍穗耳大神


   【社格】旧郷社
   【由緒】神亀2年(725)創建
       明治6年3月郷社
       同44年11月2日神饌幣帛料供進神社指定

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「春日神社」と称していた
   【社殿】本殿流造木造板葺
       拝殿・幣殿・社務所・手水舎

   【境内社】貴船神社・十二神社・金刀比羅神社・天白神社
        諏訪神社・水神社・天神社・塩竈神社


菊川の東岸に鎮座する。
当社の背後に奈良淵という地名があり、北は奈良野に接しているから「奈良神社」の社名がつけられたものと推測される。
中世「奈良春日」と称し、後に「奈良」の文字を省略して「春日大明神」と称した。
神社の南側に前方後円墳(大塚古墳と称する)があり、「崇神天皇第六世の孫、奈良別之命が奈良の淵のほとり大官屋敷に住まれ、崩じて大塚古墳に葬られた『池村の王』であり、その御霊を祀つたのが延喜式内の奈良神社即ち現在の上平川春日神社である。」と記されている。


春日神社

創建年代詳ならず。古老の伝承するところによれは、延喜式神名帳所載の遠江城飼郡二座の一奈良神社にして中古奈良春日と唱え後世奈良の文宇を省略して春日大明神と称し奉る。当社の背後に奈良野と呼ぶ所有りその所の古記を接するに八幡太郎義家及其妾腹の男遠江国城飼郡横地の城主横地太郎家永深く当社を崇敬し、東横地藤谷山に分霊す。此今の藤谷神社なり。明治6年3月郷社に列格する。

社頭掲示板



春日神社

創建年代を詳かにせずと雖も古老の傳承するところによれは、延喜式神名帳所載遠江城飼郡奈良神社にして、中古奈良春日と唱へ、後世奈良の文宇を省略して春日大明神と称し奉るに至ったと言ふ。奈良の社號早く廃れしと雖も當杜背後は奈良淵の地名存し、奈良野と呼ぶ處其北に接す、古記を按ずるに源義家及び其庶子遠江國城飼郡横地領主横地太郎家永深く當社を崇敬し、承暦4申年9月9日横地藤谷山に分霊し奉り、以て領内の鎮守となす。今の藤谷神社これなり。後天正年間平定廣といふもの、當社を崇敬すること篤く、鰐口一口を寄進し武運長久を祈る。銘に曰く「遠州城東郡上平河春日大明神、願主平定廣、子時天正13乙酉季3月吉日」此の鰐口今に存す。明治6年3月郷社に列せられ、同44年11月2日神饌幣帛料供進社に指定さる。

静岡県神社志



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