賀久留神社
かくるじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】賀久留神社 遠江国 敷智郡鎮座

   【現社名】賀久留神社
   【住所】静岡県浜松市西区神ヶ谷 4279
       北緯34度43分17秒,東経137度40分20秒
   【祭神】闇御津羽神 闇淤加美神 気長帶比売命 誉田別命 玉依比売命
       『神社覈録』「祭神詳ならず」

   【例祭】10月16日 例祭
   【社格】旧県社
   【由緒】創始年代不詳
       貞観4年(862)5月従五位下『三代実録』
       延元3年(1338)年正月、宗良親王の御祈願所
       応永26年(1419)足利義尚が幡宮御宝殿を造営
       天文10年3月今川義元再建
       慶長6年(1601)伊奈忠次神ケ谷明神に十五石の神領寄進
       文政6年(1823)再建
       明治6年郷社
       同16年八幡社を現社号に改称
       同40年神饌幣帛供進社指定
       昭和4年県社

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「八幡社」と称していた
   【社殿】本殿
       随身門、拝殿、社務所、宝庫

   【境内社】若宮神社・米神社・稲荷神社・五本楠神社・武王神社
        天宇受売神社・東渡神社・天神宮・西宮神社・富神社


三方原台地の南端の森の中にある。
社名の由来は神が隠れ籠もる意味と考えられる。
中世から神ケ谷村八幡社と呼ばれるようになつた。
古くから雨乞いの神とされる。


由緒

元県社 賀久留神社
静岡県浜松市神ヶ谷町鎮座
一、 祭神 闇御津羽神 (神代の神、水を司り、農耕灌漑の神)
闇淤加美神 (神代の神、龍神で、雨乞いで名高い)
氣長帶比賣命 (仲哀天皇の皇后、応神天皇の母)
譽田別命 (応神天皇)
玉依比賣命 (神武天皇の母)
一、 由緒・沿革
当社は延喜式神名帳(927年)所載「遠江国敷知郡賀久留神社」である。祭神は「闇御津羽神」「闇淤加美神」の二神で五穀豊穣、水分、生寿、福賀、厄除の神である。のち「気長帯比売神」「誉田別命」「玉依比売命」を合祀し、武運長久、交通安全、護身の神である。
清和天皇、貞観4年5月朔、位階を授けられた。延元3年正月、宗良親王の御祈願。応永26年、将軍足利義尚公御造営。天文10年3月、国司今川義元公再建御神領壱千石寄進。慶長6年伊奈備前守忠次公御黒印15石御寄付。慶安元年、徳川家光公先規に依り御朱印15石御寄付。領主吉田城主、松平伊豆守信祝殿以来累代名祭祀料山林164町8反歩御寄付。浜松藩主代々奉幣。以上の様に武門武将、領主の崇敬が深かった。
もと、八幡宮と称していたが改称の儀、明治16年1月許可され、昭和4年7月4日、県社に列格せられる。昭和5年5月、昭和天皇行幸の御時に当社所有宝物の天覧の光栄を賜う。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年




賀久留神社

古くから雨ごいの神として知られ、雨ごいの竜の面の伝説が残るこの神社は、平安時代に創建された。境内は、昼でも薄暗いほどに古木が茂り、中でも神殿西側の道路ぞいの夫婦木楠は、樹齢800年ともいわれる大木で、県から御神木の指定を受けているし、神殿東側のモミの木は、市の保存樹に指定されている。
神殿正面のこま犬は、このあたりでは珍しく獣の顔をしている。
また、10月には昔さながらの祭礼が行われている。
神久呂ふるさと創生事業推進委員会 平成4年度

社頭掲示板



賀久留神社例大祭

よみがえるいにしへの大行列
賀久留(かくる)神社は、平安時代の『延喜式』(えんぎしき)にも記される古い神社。その威厳を示すかのように、境内には樹齢800年の御神木の夫婦楠をはじめ、多くの古木があります。
毎年10月には、古式豊かに伝統を守りながらの例大祭が行われます。この神社独特の珍しい神事は、室町時代の中頃から続くといわれ、14時から始まる大祭行列『神幸祭(しんこうさい)』が最大の見どころ。獅子や、南蛮風の衣装を着た拝王子(はいおうじ)と鉄砲撃ち、傀儡子(かいらいし デコ様)、四神鉾(しじんほこ)、旗・幟(のぼり)など総勢約100人の行列の後に3台の山車が続きます。神社から約800m離れた御旅所(休憩所)まで、古式ゆかしい装束と音曲で、お囃子もにぎやかに約1時間かけて粛々と進みます。
途中には、古式神事『田草の舞』・御旅所手前で拝王子と獅子の競争で農事を占う儀式も行われます。

ふじのくに文化資源データベース



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