息神社
おきじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】息神社 遠江国 敷智郡鎮座
   【延喜式神名帳】許部神社 遠江国 敷智郡鎮座

   【現社名】息神社
   【住所】静岡県浜松市西区雄踏町宇布見8690-1
       北緯34度41分53秒,東経137度37分57秒
   【祭神】志那都比古神 志那都比売神 宇迦之御魂神 猿田毘古神 大宮比売神
   【例祭】10月中旬日曜日 例祭
   【社格】旧郷社
   【由緒】慶雲2年(705)創建
       仁寿2年(852)閏8月従五位下『文徳実録』
       応安7年7月1日(1374)の獅子頭に「息大明神」
       文明9年(1477)の面箱に「米大明神」
       文亀元年(1501)宝殿再興
       大永7年(1527)鳥居造立
       天正14年(1586)宝殿上葺
       元和9年(1623)宝殿修理
       寛政7年(1795)神祇伯王家より正一位の神璽を受けた
       明治6年郷社
       同28年社名を米大明神から息神社と改めた
       同40年神饌幣帛供進社指定

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「米大明神」と称していた
   【社殿】本殿柿葺
       拝殿

   【境内社】八柱社・祖霊社

雄踏図書館の南に鎮座する。
この地は三方原台地の南端に接して、浜名湖に面する沖積平野上で、今切口ができる前までは條里制が施行された水田地帯であつたと思われる。
社名は沖にいます神海神をまつることに発していたと思われる。
中古、山城国稲荷大神を勧請し稲の神として、米大明神と称した。この「米」が「許部(こべ)」の音に通じることから式内社・許部神社とする説がある。


息神社由緒

息神社由緒
一、祭神 志那都比古神
     志那都比売神
     宇迦之御魂神
     猿田毘古神
     大宮比売神
一、例祭 10月10日近土日
一、田遊祭 3月初牛日
一、宝物
   古面 七
   獅子頭 二
   県文化財指定
一、由緒
 文武天皇慶雲2年(705)の勧請延喜式神名帳所載式内社。
仁寿2年(852)従五位下を受け官社に列せらる。中古山城国稲荷山の三神を迎え米大明神と称す。
徳川氏統一後諸政緒に就くに至り慶安元年(1648)徳川家光公より朱印拾石下附せられ、寛政10年神祇伯王殿より正一位神璽を賜る。
明治6年郷社に列す。
 明治28年5月内大臣より許可得息神社に復帰す。

社頭掲示板



社名

旧國史大系本、『遠江國式社考』、『大日本史』は「オキノ」であるが、吉田家本、九條家本、内閣文庫本では「ヤスミノ」。『遠江國式内社摘考』では「ヤスラ」、「イキノ」と二つの読みをつけ、『遠江國風土記傳』では「ソクの社」としてゐる。これほど社名が一致してゐない神社も珍らしい。『神社要録』をはじめ現在では「オキノ神社」といつてゐる。内閣文庫本、京大本、林文庫本などでは「息」の字を「恩」と書き誤つたために「オムノ神社」としてゐる。

式内社調査報告



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