豊岡上天神社
とよがみてんじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】豊岡上天神社 土佐国 長岡郡鎮座

   【現社名】豊岡上天神社
   【住所】高知県南国市岡豊町常通寺島619
       北緯33度35分32秒、東経133度37分11秒
   【祭神】豊受姫命
   【例祭】7月20日 夏祭り 9月18日 秋季大祭
   【社格】旧郷社
   【由緒】創祀年代や由来など不明
       延享5年(1748)6月造営
       弘化4年(1847)山内豊矩から額の寄進
       明治5年郷社

   【関係氏族】
   【鎮座地】もと岡豊山の東の山上にあつた
        戦国期現在の地に

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「豊岡大明神」と称していた
   【社殿】本殿
       幣殿・拝殿

   【境内社】

この地は土佐国内で最初に開発され、人々が集住した土地。
もと岡豊山の東の山上にあつたが、長宗我部氏が岡豊城築城にあたり、山の西南麓の和田に移し、もとの山城には八幡宮をたてたという。
時代は不詳であるが小野神社に豊岡大明神(豊岡上天神社)を合祀または並立して建てられた時期があった。
この経緯その後の分祀に関しては不詳。


豊岡上天神社

郷社 豊岡上天神社
祭神 屋船豊宇氣姫神
創立年代詳かならすと雖も、当国式社二十一社の一なり、神社覈録には「豊岡上天神は登與遠加宇閇乃安米能加美と訓べし」と記せり、式社考には「度会氏曰、上訓倍與姫通、大殿祭祝詞云、屋船豊宇氣姫命、是稻霊也、俗詞宇賀能美多麻、古事記云、和久産巣日神子謂豊宇賀能売神、蓋豊岡豊宇賀語通、疑此神也、重遠按、拾遺和歌集神樂歌云、天爾坐豊岡姫、梁塵愚按抄以爲天照大神也、更詳之とあり、按するに度曾氏の説は附曾なれば信用しがたし、もとより豊岡姫ならんも知れかたけれど、神樂歌、舞按抄等に見ゆるは格別の事にて、ここの豊岡より出たる御名ともいひかたくや、そは造かなる微なければ也なほ後人の考をまつのみ」とあり両識者の考を埃つべし御神体は生石外に神鏡一面ありと云ふ、明治5年郷社に列す。
本殿、拝殿、幣殿等の建物を備へ、境内地138坪(官有地第一種)あり。
境内神社 若宮神社
例祭日 7月20日 10月16日

明治神社誌料



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