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もと意布伎神社は意布伎=油池の意布伎山腹小字「神座」に鎭座していたが、嘉慶年中(1387−89)戦火のため社殿破壞消失した。 その後当地と久美浜町三分にそれぞれ再建された。 |
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由緒 当社は、意布伎明神と唱え尊崇された古社で、延喜式内社である。 字油池(ユウケイ)の地名は意布伎(イブキ)と称したが、和銅年間郷名を好字を撰び、現在の油池と名付けたと伝える。 全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年 |
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意布伎神社 意布伎神社。意布伎村。祭神=油池大明神 大御気都姫命。垂仁天皇の朝旦波道主勧請。延喜式竝小社。 天正府志曰後小松天皇嘉慶年中山名時氏当国押領時此神山相戦是時神殿破倒仕年久敷過行其後意布伎大明神棟札同郡三方之村移祭奉山宗氏神。 斯のごとく破壊して此社今油池村になし此山天正の頃小国若狭守が城地と成佐野備前守牧左近等松井四郎右衛門と戦ひ落城古跡の部に記す。 丹後旧事記 |
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意布伎神社 意布伎神社 式内村社 海部村大字油池小字宮地鎮座 祭神=気吹戸主神。 由緒=延喜式内社にして其の創立最も古く、元神座(カウザ)に鎮座ありしが、後小松天皇嘉慶年中山名時氏当国押領の節此の神山に戦ひ、神殿為に破壊せられしが、後現地に社殿を営み奉安せりといふ。而して油池は元意布伎といへりしが、和銅年間郷名は好字を撰び二字と為せるより油池となせしなりと。 氏子戸数=二十戸。 境内神社。清水神社。祭神=稲田姫命、大山祗命、中筒男命。 天満宮。祭神=菅原大神。 熊野郡誌 |
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