熊按神社
くまくらじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】熊按神社 丹波国 多紀郡鎮座
          (旧地)熊按神社【旧地】

   【現社名】熊按神社
   【住所】兵庫県篠山市春日江4
       北緯35度5分10秒、東経135度16分34秒
   【祭神】皇大神 応神天皇
       (配祀)天児屋根命 上筒男之命 熊野久須毘命 大山祇命 菅原道真

   【例祭】10月13日 例祭
   【社格】村社
   【由緒】正慶2年(1333)3月に奈良より春日明神を勧請
       文亀年間(1501−04)本殿再建
       享保年間(1716−36)造営
       慶応元年(1865)4月造営
       明治初年熊按神社と改称
       明治6年10月村社
       大正6年8月神饌幣帛料供進神社指定

   【関係氏族】
   【鎮座地】春日江公民館の前が旧社地
        その後現在の地に

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「春日大明神」と称していた
   【社殿】本殿流造銅葺
       拝殿・社務所

   【境内社】
   【別当】三岳山円満寺・般若院(廃)

創立年代は不詳で祭神熊按大神である皇大神は古老の口碑によれば天照皇大御神であると云う。


熊按神社

熊按神社(延喜式内社)
千百年以上も前に創建され、全国唯一の名を持つ神社です、春日江村は、正慶年間(1332〜34)に奈良の春日大社のご分霊を勧請したことにより村名を改めたと伝えています。すでにその頃、熊野神社がここにあって、春日神社が合祀され、いつのほどにか、熊野の野の草書体が書き間違われたのかも知れません。
所在地が不明確でしたが、享保の頃に村役が届出ているし明冶3年の調査や昭和12年の県神社誌によって、ここが鎮座所とされたのです。

社頭掲示板



熊按神社

泉妙霊口バス停から徒歩約10分
 泉から春日江への道を北上すると、山麓に突き当たる右側に、老木に囲まれてあるのが、全国唯一の名をもつ「熊按神社」である。『延喜式』の神命帳に記載されている古社であるから、1050年も前にはすでに祭られていたことになるが、由緒や古記録によっても、その創建年月日は不詳である。
 ご祭神は、皇大神・応神天皇・雨児屋根命・上筒男之命・熊野久須毘命(夫須美命?)ほかで、神社調書には主祭神の皇大神を熊按大神とし、天照大神のことであると記している。
 さて、春日江村は古くは田半滝(多波滝)村といい(『丹波志』)、多波とは山間の平坦地を意味するようである。ところが、正慶2年(1333)3月に奈良より春日明神を勧請のうえ氏神とし、村名を春日江と改めたと伝えられる。
 すでに、この地には熊野神が祭られていたのであるが、そこへ春日神が合祀されたのではなかろうか。そしていつのほどにか、熊野の「野」の草書体が書き間違われたのかも知れない。江戸時代の『篠山封彊志』や『丹波志』などには、二之坪村の熊野新宮神社との間に混乱がみられる。しかし、明治3年、篠山藩庁の調査によって、享保年間(1716〜36)に村役が氏神は古代からの「クマアン社」にしたいと届け出ていることがわかった。
 また、『特選神名牒』と『神祇志料』にはそれぞれ鎮座地は春日江村としているし、昭和12年の『兵庫県神社誌』には熊按神社の鎮座地は、古来からこの地であることを明快に結論づけている。
 文亀年間(1501〜04)に本殿を再建し、享保年間と慶応元年(1865)に改築。現在の社殿は大正12年2月に建設された。
 例祭は、毎年、10月12、13日である。
 なお、別当寺の廃三岳山円満寺・般若院にあったという貴重な鉄眼版を含む600巻の大般若経は、「極楽山観福寺」に保存されている。公民館の傍らに「熊按神社旧跡」の碑が建っている。
(注)鉄眼版―江戸前期の黄檗宗の高僧鉄眼が明の万歴版に訓点を加えて、寛文から10余年間に作成した大蔵経(仏教聖典の総称)。黄檗版。
「丹波篠山五十三次ガイド(改定版)」(平成7年8月発行)より
※地名・交通経路等は書籍発行時のもので、現在の状況とは異なる場合がありますのでご注意ください。

丹波ささやま五十三次



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