出雲神社
いずもじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】出雲神社(名神大) 丹波国 桑田郡鎮座

   【現社名】出雲神社
   【住所】京都府亀岡市本梅町井手西山 6
       北緯35度0分52秒、東経135度29分7秒
   【祭神】大己貴命
   【例祭】10月10日 秋祭
   【社格】旧村社
   【由緒】天正年中(1573〜91)大己貴命を祭神とし社殿を建立
       同年中戦国時代の兵乱に遭い社殿古記録等焼失
       明治3年出雲神社と改称
       明治6年6月村社に列格
       昭和4年造営

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】大岩
   【祭祀】
   【社殿】本殿
       拝殿

   【境内社】稲荷神社

約2000年程前にこの地に住み着いた人達によってこの大岩に神を迎えて祭った岩座祭祀が始まりであろう。
天正年中(1573〜91年)社殿を建立したが、それまでは社殿は無かったのではないか。


出雲神社

当社の社伝によれば往古より社地に大岩あり、その岩の傍らに出雲大明神と称する祠あり、早田太夫なる者、承正年中迄奉祀す。天正年中大己貴命を祭神とし社殿を建立したるも同年中、戦国時代の兵乱に遭い社殿古記録等焼失す。」とあり案ずるに当社は約2000年程前にこの地に住み着いた人達によってこの大岩に神を迎えて祭った岩座祭祀で最古の神社形式で広峰神社と同じ出雲系の部族によって祭られたものと思う。
祭神も大己貴命で広峰神社の御子である。大明神という神号は鎌倉時代以降の者で承正という年号はない。仮に承久と定めるが早田太夫とある「太夫」は室町時代から一般に使用されたと思われる。よって右社伝は性格とは云いがたい。然し天正年中(1573〜91年)社殿を建立したのは確であろう。それまでは社殿は無かったのではないか。兵火に会い、後再建され、明治までは出雲大明神と称し、明治3年出雲神社と改称、明治6年6月、村社に列格、昭和4年、現在の立派な社殿に大改築された。

社頭掲示板



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