小代神社
おじろじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】小代神社2座 但馬国 七美郡鎮座

   【現社名】小代神社
   【住所】兵庫県美方郡香美町小代区秋岡995
       北緯35度25分5秒、東経134度31分13秒
   【祭神】天照皇大神
   【例祭】9月16日 例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】創立年代を詳らかにすることは出来ない
       鎌倉時代神田二町を領有
       元和元年(1615)造営
       享保13年(1728)造営
       明治3年神明宮を小代神社と改称

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の有無不詳

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「神明宮」と称していた
   【社殿】本殿春日造柿葺 2棟(内宮・外宮)
       拝殿・幣殿

   【境内社】百廿神社・稻荷神社

本殿の手前には、長さ約7〜8m、幅約4〜5mの長円形をした池があり、この池の水を取替えると、どのような旱魃の時でも必ず降雨が期待出来るという言伝えが有る。


小代神社

天然記念物 小代神社の燈明杉
所在地 美方町秋岡字宮山
 延喜式神明帳(927)によると、小代神社が記載されており、皇太神宮と豊受大神宮が祀られている。
 燈明杉は、小代神社の境内にあり、この名の由来については伝説が残っている。
 慶長の頃(江戸時代初期)大阪浪人上田新左衛門という信仰深い武士が美方の地に留まっているとき。老翁が夢に現われ、神の霊があるとのお告げの通り、東方の杉の頂上に燈火のかがやきを感じ、老杉の下に祠を建てて厚く祀ったという説が伝えられ、大切に保存されている。
 境内には小代杉の指定母樹が9本あり、燈明杉はそのもとになったものと思われる。

社頭掲示板



小代神社

天然記念物 もりあおがえるの棲息地
 小代神社の境内にある池の付近が棲息地である。わが国だけにいる種類で、本州、四国、九州の山地に棲息している。
 体長は雄が5〜7cm、雌が6〜9cmあり、背は暗緑色の地にかっ色の斑点があり、腹は薄灰色の保護色になっている。
 4月〜6月ごろ、池や水たまり近くの小枝や草むらに白い泡のような卵のかたまりを生みつけ、ふ化すると水の中で「オタマジャクシ」になり、1ケ月ほどで「カエル」になる。

社頭掲示板



小代神社

●燈明杉の伝説を残す、歴史ある神社
もとは「神明宮」と称していましたが、明治3年(1870)の神仏引分の際「小代神社」と改められました。延喜5年(905)からつくられた「延喜式」神名帳に小代神社二座と記載されており、その歴史は古く由緒正しい神社です。 伝説によると、元和元年(1615)、大坂浪士の上田上野介政広の息子、上田新右衛門政英が、夢に現れた老翁のお告げ通り、輝く杉の木から顕われたご神体を神社に祀ったといわれています。
後にこの杉の木は燈明杉と呼ばれ、樹齢1000年といわれる今も社殿の裏で高々とそびえています。
山腹に建てられた小代神社には他にも様々な木々が生育し、トチノキ、夫婦スギ、ハリモミなど、巨樹としても有数のものがあります。本殿脇にある夫婦スギは長い年月の間に2本の木が合体した珍しいもので、名前の由来にもなっています。樹高は40m以上あり、雄大な姿で繁茂しています。 社叢を構成するスギは雪に強く、材質も優れていることから植林用スギ品種「小代スギ」として国指定特別母樹林に指定されています。
かつて神社で行われていた例祭には数多くの参拝者があったといいます。「但馬秘鍵抄」という古書に、小代神社祭神に蒼稲魂命、牛知魂命を祀るとされているため、畜産守護の神として、崇敬されていたようです。
また、縁結びの神、安産の神ともいわれ、多数の青年男女が参詣していました。様々な伝説を残す小代神社、今は信仰の上からだけでなく、森林が繁茂する幽玄な地に惹かれて、足を運ぶ人もいます。

但馬の百科事典



小代神社

創立年月不詳 延喜式の制小社に列し鎌倉時代神田2町を領有し江戸時代元和元年(1618)、享保13年(1728)の両度本殿を再建し明治3年(1870)神明宮を現社名に復称せり。同6年(1873)10月村社に列せらる。

兵庫県神社庁



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