成務天皇の頃に、出雲国造と同祖の子孫といわれる、美尼布命が、二方国造に任ぜられ、その祖神を祀るという。 社殿はその跡のみで現存せず、神霊は現在では仮に指杭の氏神である兵主神社に移されている。 |
二方神社 創立年月不詳 延喜式の制小社に列し、その後の沿革を伝えざりしも天正6年(1578)5月12日の洪水に社殿流失し、10余町下流の深淵に霊代沈ませ給うと伝う。然るに江戸時代備中国福原安宏一夜神託を受け村民と計り仮宮を設けて神霊を奉斎す時に貞享3年(1686)6月なり。 土俗土原様とも土原大明神とも称す。 明治6年(1873)10月村社に列せらる 兵庫県神社庁 |