戸神社
とのじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】戸神社(名神大) 但馬国 気多郡鎮座

   【現社名】戸神社
   【住所】兵庫県豊岡市日高町十戸18-1
       北緯35度28分38秒、東経134度42分37秒
   【祭神】大戸比売 奧津彦命 (合祀)品陀和気命
   【例祭】10月9日 例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】承和9年(842)官社
       貞観10年(868)従五位上
       鎌倉時代には神田四九反三〇〇歩を有
       宝暦9年(1759)本殿再建
       文化7年(1810)造営
       明治6年村社
       大正5年神饌幣帛料供進神社指定

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「太刀宮」「神明宮」と称していた
   【社殿】本殿春日造柿葺
       幣殿・拝殿・参籠殿

   【境内社】厳島神社・名草神社

当社には獣を忌む習慣があって、太鼓や皮沓を用いないという。
同じ気多郡にある山神社、雷神社、蜀椒神の三つの名神大社と同じく、元来の祭神は自然神であると思われる。


由緒

創立年月は不詳であるが、往古は但馬国の名神大社十社中の一社に数えられた古社である。御祭神は亦の名を奥津比売神と申し、竃を司る神である。品陀和気命は合祀した神で八幡神である。
続日本紀の承和9年冬10月に「戸神官社に預る」とみえ、三代実録には、貞観10年神階従五位下から従五位上に進叙し、延喜式神名帳に戸神社名神大と載っている。
又、鎌倉時代に神田四十九反三百歩を有したとも伝えられている。
その後、由緒を称する資料がなく、明治6年村社に列し、同42年十戸区内にあった八幡神社と三柱神社を当社に合祀し、大正5年神饌幣帛料供進指定神社となった。御社殿は、宝暦9年に本殿を再建した記録があるが、現存の本殿内宮は春日造りで文化7年の造営である。大正2年に幣殿と拝殿を新築し、昭和41年本殿覆殿が老朽のためこれを新築、同50年には拝殿、幣殿、屋根銅板葺替を行った。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年



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