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当社には獣を忌む習慣があって、太鼓や皮沓を用いないという。 同じ気多郡にある山神社、雷神社、蜀椒神の三つの名神大社と同じく、元来の祭神は自然神であると思われる。 |
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由緒 創立年月は不詳であるが、往古は但馬国の名神大社十社中の一社に数えられた古社である。御祭神は亦の名を奥津比売神と申し、竃を司る神である。品陀和気命は合祀した神で八幡神である。 続日本紀の承和9年冬10月に「戸神官社に預る」とみえ、三代実録には、貞観10年神階従五位下から従五位上に進叙し、延喜式神名帳に戸神社名神大と載っている。 又、鎌倉時代に神田四十九反三百歩を有したとも伝えられている。 その後、由緒を称する資料がなく、明治6年村社に列し、同42年十戸区内にあった八幡神社と三柱神社を当社に合祀し、大正5年神饌幣帛料供進指定神社となった。御社殿は、宝暦9年に本殿を再建した記録があるが、現存の本殿内宮は春日造りで文化7年の造営である。大正2年に幣殿と拝殿を新築し、昭和41年本殿覆殿が老朽のためこれを新築、同50年には拝殿、幣殿、屋根銅板葺替を行った。 全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年 |