当初は倉稲魂命を祀っていたが、嘉祥元年悪疫流行で山城国石清水八幡宮より誉田別命・気長足姫命の二柱を勧請したという。 本来、渡船によつて河岸から参拝したようであり、船着場から東向き、山腹に石段が長く続いている。 明治以後、楯縫神社を併祀したが、昭和22年分離した。 |
井田神社社叢 日高町指定天然記念物 井田神社社叢 昭和59年3月30日指定 管理者 井田神社 井田神社社叢は、標高17mの円山川右岸から77.2mの伊福城跡まで広がっています。町内で最も低いところにある照葉樹林で、面積が8,792uと比較的大きな規模をもっています。この社叢には、町内で稀なタブノキやカゴノキを含む複数の大木が残ることから原生状態に近いと考えられ、日高町の低地の照葉樹林を考える上で高い価値を持つ森です。社叢は、スダジイやシラカシの中にアラカシが混じる照葉樹林ですが、タブノキやカゴノキ、イタビラカズラなど温暖な場所に生育する植物が含まれています。カゴノキは「なんじゃもんじゃの木」とも呼ばれ、大木になると樹皮が鹿の子状にはがれて独特の風情があります。 日高町教育委員会 社頭掲示板 |