式内では、同じ但馬国の養父郡にも同名社が一社、さらに丹波国氷上郡にも一社ある。 武器製造を司る楯縫氏が出雲国から日本海沿岸に沿つて但馬国に至り、円山川河口から気多郡・養父郡と溯つて低い分水嶺を越え、加古川流域の丹波国氷上郡に至つたという過程が考えられる。 |
由緒 白鳳時代、今から1300年の往昔出雲国から、丹波国を経て当国で栄えた楯縫連(たてぬいのむらじ)が、遠祖(とおつおや)彦狭知命を楯屋丘(たてやのおか)多田谷にまつる。西暦1947年此地に遷座奉祀す。 全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年 |