井上神社
いのうえじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】井上神社 二座 但馬国 養父郡鎮座

   【現社名】井上神社
   【住所】兵庫県養父市吉井1438
       北緯35度22分9秒、東経134度37分50秒
   【祭神】素盞嗚命 稻田姫命
       罔象女命・多遅摩比那良岐神『但馬式社鎮座考』
       御井神『神社覈録』

   【例祭】10月第1土曜日 秋季例大祭
   【社格】旧村社
   【由緒】天平2年(730)創立
       その後の由緒不詳

   【関係氏族】
   【鎮座地】鎮座地の移転はない

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「井上神社」「祇園」と称していた
   【社殿】本殿流造柿葺
       拝殿・土藏・社務所

   【境内社】稲荷神社・猿田彦神社

かって此の地に田中の池という霊泉があつて、農耕に利用され、この泉を吉井と称して村名とし、泉の神霊を井の上の地に自然神として祭り、鎭守としたが、後に今の二神が祭神として祀られた。
明治初年まで祇園牛頭天王が合祀されていて、「祇園さん」と云われていたが、神佛分離でもとの社名、祭神にかえつた。


吉井の井上神社

平成24年10月養父市歴史ウォークが行われ、32人が参加しました。関宮の関神社、吉井の井上神社、中瀬の金昌寺、大日寺、中瀬鉱山、白岩城などを見学しました。
井上神社は、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した素戔嗚命(すさのおのみこと)と、その妻となった櫛稲田姫命(くしなだひめ)を祭神としており、祇園神社の側面があります。
吉井の世話人さんは、「江戸時代の吉井には三柱神社、山王神社、山神社、岡野神社、祇園神社の5社がありました。これを明治7年に祇園神社である井上神社にまとめました。神社の入口の下には、日照りでも水がかれない清らかな井戸があることから井上神社といいます。式内社といわれています」と、熱心に説明しました。
拝殿は、明治7年の建立です。当初は中央が通り道となる割拝殿でした。大正時代に床をはって改修し、現在のような床を全体にはった建物になりました。
拝殿の正面には、雲の間を飛ぶ龍の彫刻、獅子と貘の彫刻があります。彫刻は大正4年頃の整備で、制作者は「丹波氷上郡柏原町、彫刻師八代目、中井権次橘正胤(なかいごんじたちばなのまさたね)」です。
拝殿の壁には「敬神愛国」という文字と「明治三十八年戦役無恙従軍、霊徳無窮為報恩、奉納」と書いた奉納額がありました。日露戦争に従軍し、生還した人が感謝したものです。
拝殿の一段下には、現在も利用されている農村歌舞伎舞台があります。昭和56年から吉井の人たちによって村芝居が復活しました。平成24年の秋祭りの宵宮、10月6日には「一本刀土俵入り」が上演されました。平成24年で第26回目になります。江戸時代を舞台とした村芝居を、養父市でも吉井地区だけが続けています。
神社や石碑などの村の歴史を見ながら、歩いた距離は12km、歩数は1万8千歩、健康を実感する一日となりました。

養父市HP



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