生島足島神社の南西方に鎮座する。生島足島神社は当地から下之郷に遷座したという説がある。「泥宮」の名の通り当地一帯は湿地で、古代から稲作が行なわれていたと想定される。 |
泥宮の由緒 泥宮という名は泥を御神体として崇めたところに由来するといわれる。 泥は稲を育てる母として古来神聖なものとされてきた。泥宮はその古代からの祖先の習俗を伝える宮として、極めて貴重な存在である。 古代塩田(阿宗郷)の中心本郷の地にこの社がある点は特に重視しなければならない。 この社を名社生島足島神社の旧跡と伝えるのも、またむべなりというべきであろう。 長野県史編纂委員 黒坂周平 昭和59年9月 上本郷自治会 社頭掲示板 |
上窪池(かみくぼいけ)由来 上窪池は、昔の文面には正保2年(1645)築造とあります。 江戸時代に池を改修する以前は「泥池」と呼んでいました。池のほぼ西北に「泥宮」が祀られています。もとは「泥宮」「泥池」は、一対のものと考えられます。 「泥宮」の御神体は「泥」です。「泥」は土に水を入れてかき混ぜた状態です。これこそ稲を育てるには最良の条件です。この状態を作り出すために、田植えの前には、必ず代掻きをします。そこへ稲の苗を植えると、すぐに活着し、生長が始まります。 このようなことから古来「泥」は神聖なものとして大事にされてきました。 延喜式内社・生島足島神社の御神体は「大地」です。生島足島神社と泥宮の御神体は同じということになります。 一時期、塩田平の各ため池で鯉がたくさん飼われ有名でした。その「塩田鯉」は昭和32年(1957)、この上窪池に発祥しました。 社頭掲示板 |