茂侶神社
もろじんじゃ 所在地 社名

















   【延喜式神名帳】茂侶神社 下総国 葛飾郡鎮座

   【現社名】茂侶神社
   【住所】千葉県流山市三輪野山 619
       北緯35度52分13秒,東経139度54分31秒
   【祭神】大物主命
   【例祭】10月15日 例祭
   【社格】
   【由緒】由緒不詳
       貞観13年(871)11月12日従五位上
       元慶3年(879)9月25日正五位上

   【関係氏族】
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】
   【祭祀】江戸時代は「三輪神社」と称していた
   【社殿】本殿
       拝殿・社務所

   【境内社】
   【神宮寺】もと神社の後方に神宮寺(新義眞言宗)があったが神仏分離令によつて同寺は廃止

古く大和の三輪明神を勧請したもので、祭神は大物主神であらう。集落外れの平地(台地)にある。


茂侶神社

平安時代の神名帳にある神社。式内社。祭神は大物主命。境内には、大国主の像や万葉歌碑などの石造物ががある。1月のヂンガラ餅神事は、市指定無形民俗文化財。

社頭掲示板



茂侶神社ヂンガラ餅行事

流山市指定無形民俗文化財第二号
 茂侶神社は大物主命を祀り、平安時代初期の書物「延喜式」にその名を記された神社であると考えられている。
 毎年1月8日(最近は最寄の日曜日)三輪野山地区のオビシャが行われる。神前には八升の御神酒、八升の餅、八種類の野菜の煮物が備えられる。祭典、トウ渡し(年番の引継ぎ)、直会の後若衆が大きな供餅を引きちぎりあい、奪いあう「餅取り」を行う。行事はかつては近郷から若衆が集まり裸で餅を奪いあうもので、奇祭とよばれていた。餅の割れ方でその年の作柄を占ったと言われる。

社頭掲示板



茂侶神社

三輪茂侶神社は、以前は地名にちなみ「三輪神社」と呼ばれていました。三輪野山の北側に半円形状につき出た台地の中央に鎮座しています。
延喜式神名帳(平安初期に作られた法令集)にのっている式内社で大和国城山郡三輪野山(奈良県)の麓に祭礼し大物主命の分霊を祭っています。毎年1月8日には、茂侶神社の「ヂンガラ餅の神事」(氏子が総出で茂侶神社に参拝して八升の鏡餅(上が三升、下が五升)、8種類の野菜の煮物をお供えした後、参拝者全員で食べるため、8づくしがモットーとなっています)があります。この行事は流山市指定無形民俗文化財に指定されています。祭 神 大物主命(オオモノヌシノミコト)縁 起 下毛野君の始祖豊城命が茂侶神社と名付けたと言われる。貞観2年(860)、三輪神社唱える。大正7年(1919)、茂侶神社に改称御朱印 江戸時代に寺領25石を拝領市指定無形民俗文化財 ヂンガラ餅神事石造物 庚申塔(立像、元禄4年/1691)、大国主命像(平成8年/1996)ほか万葉歌碑 高さ約1.2m、横幅約1.9m 建 立 流山市観光協会「にほとりの 東葛早稲を にへすとも そのかなしきを 外に立てめやも」※下総女の情愛の深さを見せた恋歌で、往時の民謡と考えられている。

流山市観光協会



拝殿屋根葺替記念碑

第六十代醍醐天皇の御世は、後に延喜の治といわれる理想の時代であった。
当時の制度中に延喜式神名帳があって、全国から3132の神社が登載されて、国の祭祀にあづかった。
この地方では、葛飾に坐す茂侶神社と他の一社が載っている。茂侶神社については諸論説を検索すると、当神社が延喜式内社である。
古記録による幾度の神階昇叙や、境内に接した神宮寺跡地、神社前を南方に延びる旧参道西平井の鳥居跡、鰭ヶ崎塚之腰祭祀跡等の水路上陸地、或いは神奈備北浦の巨過ぎ八本より八木郷の地名由因などから考察するに、広大な神域を有し、又江戸幕府からは毎年二十五石の祭祀料を捧げ或いは今二伝わる神賀良餅の神祭その他によって盛大な祭典が偲ばれる。
創立年代は、式内社であり、又奈良時代・平安初期に大和地方から当地に部族の移動記録等により、その時代と推察される。
御祭神は、大物主命、又の御名を大國主命とも大己貴神とも称える。
往昔、三輪山の台地のふもとは河川が洗い、水田も拓けて稲作が盛んであったことは、万葉集の葛飾早稲の歌でも知られる。陸地には畑作物が豊かに稔った。
朝に祈り夕に感謝の誠を捧げて祈耕一体の生活を営み、その間いろいろな世を経て、神奈備の社を護り、ときには社殿を繕い修め、或いは改め築いて今日に至った。
この度、拝殿屋根瓦葺替を執り行うに当たって、氏子一同心を協わせ浄財を捧げて、工を起こしここに竣工を見る。
仰いで神徳の弥高を拝し奉る。
竣工奉祝祭に際し、愈々、国の隆昌と世界の共存共栄並びに氏子の繁栄を祈り、神社の栄久奉護を誓って記念とします。
平成7年12月3日
氏子謹んで誌す。

社頭掲示板



茂侶神社

茂侶は假字也○祭神大日霊尊、月弓尊、素戔鳴尊、蛭児尊、(地名記)〇栗ケ澤村に在す、(同上)例祭月日、
神位
三代実録、貞観13年11月11日癸未、授下総國從五位下茂侶神從五位上、元慶3年9月25日壬子、授下総國正五位下茂侶神正五位上

神社覈録



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