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天暦9年(955)正月25日、当地に左遷された、菅原道真の孫・雅規公(幼名英比麿)の住居跡に建立された。 明治に北根の八幡宮に合祀されていたが、昭和63年10月2日、元地に戻したと。 境内に入ってすぐ左に「北原天神社旧御本殿跡」の石碑がある、北根の八幡宮に合祀される以前の本殿の跡地。 |
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北原天満宮 北原天満宮の社伝によると、天暦9年(955)旧暦の正月25日、英比の土豪 菅原雅規公(幼名英比麿)は延喜3年(903)太宰府で没した祖父菅原道真公を祭神として、英比麿と呼ばれていたころの住居跡に、神社を建てたと伝えられている。 明治5年(1872)明治政府は、社寺合併の方針を全国の県に布告したが、北原天満宮は、白沢地内にあった他の5社より2年遅れて、明治11年(1878)6月白沢字北根の八幡社に移され合祀された。しかし、天満宮を1日も早く元の場所でお祭りしたいとの願いは、村民の間にいつまでも残っていた。 昭和8年(1933)現境内の南西隅に、本殿跡地であったとの石碑や筆塚・牛像などを設置し、跡地の保存に努めたのも、その心情の表れであった。 昭和63年(1988)10月2日、整備拡大された跡地に、現在の社殿を建立し、遷座の式が挙行された。かねてからの願望がかなえられた地域の人たちの喜びと、学問の神を敬慕する心は、境内にある数々の寄進物などからも伺い知ることができる。また、植えられている梅の木々の中には、菅原家の後裔、久松家・松平家の子孫や道真公の側近であった味酒家の子孫の手植えのものもある。 阿久比町教育委員会 社頭掲示板 |
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北原天満宮 柳々尾張国知多郡白沢村ニ鎮座祭神天満大自在天神宮ナリ天暦九年正月廿五日阿久比郷坂部之城主菅原道真公孫雅規殿(英比麿ト称ス)北原野御鬱散御遊観被遊候際直々西之沢ニ片葉ナル葦ノ生シヲ御愛賞被在候然ルニ沢ヘ白鷺数百羽翔リ来居シヲ御覧アリ実ニ珍美ノ風地ナリト思召シニ沢ヲ白沢ト号シ 国家鎮護ノ為ニ境内八拾間四方ニ御定メ神殿ヲ御建立シ給ヒテ祖父命ヲ奉祭シ北原天神ト称スル 社頭石碑 |