拝殿の後に本殿が二社あり。向つて右の社が祭神。素盞鳴命、向つて左の社が祭神活津日古根命である。 「式内社調査報告」には、式内岡神社の論社として彦根神社が記載されており、「境内社なし」となっているが、実際には境内社として「岡神社」があり、拝殿背後向かって右に彦根神社本殿とほぼ同格で祭られている。 |
彦根神社 明細書によると、創祀年代、由緒等不詳であるが、社伝には昔大洪水があり、多賀久徳の地より御神体が流れついたのでこれを祀り、川流れの明神又は田苗、田中の明神と呼び、土地の鎮守の神として今日に至ると伝えられる。 享保19年京都吉田家より正一位の神階を授かり、社号を彦根神社と改める。彦根藩主井伊家の崇敬篤く、社紋も井桁、橋と井伊家の家紋と同じくする。享保年間、文政年間社殿の造営をなされし、棟札今に存す。 明治9年村社となり、大正10年4月神饌幣帛料供進指定となる。 なお、延喜式神名帳の坂田郡岡神社の論社でもある。 滋賀県神社庁 |