御門主比古神社【旧地】夫婦石
みかどぬしひこじんじゃ 所在地 社名

















   【延喜式神名帳】御門主比古神社 能登国 能登郡鎮座
          (現在社)御門主比古神社

   【現社名】御門主比古神社【旧地】夫婦石
   【住所】石川県羽咋市大町
       北緯36度55分25秒,東経136度52分22秒
   【祭神】
   【例祭】8月25日 例祭
   【社格】
   【由緒】

   【関係氏族】
   【鎮座地】

   【祭祀対象】
   【祭祀】
   【社殿】
       

   【境内社】

大町の御門主比古神社は、もとは東南方の三ツ懸・俗称宮山に鎮座していたが、山崩れにより現在の位置に移された。
そしてこの宮山から少し離れた北谷と地獄谷の尾根に霊石があり、それを夫婦石(めおといし)と呼んでいる。
夫婦石は男石と女石により構成されており、毎年8月25日にはこれを祀った夫婦石祭りが行われている。
写真は『羽咋市の文化財』羽咋市教育委員会発行より転載。


大町の夫婦石まつり

指 定 平成3年2月13日
所在地 大 町
管理者 大町町会

大町の御門主比古神社は、 延喜式内に登載されている由緒ある神社で、言い伝えによれば、もとは東南方の三ツ懸・俗称宮山に鎮座されていたが、 山崩れのため北西の平地の現在地に御来臨されたと言われている。
この宮山から少し離れた北谷と地獄谷の尾根・俗称大峯 (標高246.5m) に現在も夫婦石と呼ばれる巨大な霊石がある。 伝承によると、 その昔、 炎天が続き稲が枯死寸前になったので、この夫婦石(男石 地上高2.5m 周り7.2m。女石 地上高 1.5m 周り5.6m)に注連縄を張り御幣を立て、ろうそくをともし、神前に山の幸、海の幸を供え、信州の戸隠山より戴いてきた水を杯に注いでお供えし、 護摩を焚き宮山にある本宮をお守りしていた山伏の林学功が察主となって祈祷を行い、 その近くで村人たちが高い櫓を組み、 その上に大太鼓を乗せて撥も新れよとばかりに昼夜の別なく打ち鳴らした。
祈祷を始めて7日目の8月25日に、神前に供えた杯の水が盛り上がったかと思うと、 一天かき曇り大雨を降らしたという。 それ以来、毎年8月25日を感謝の日と定め、 この日の午前、町会長が司察者となり、町の役員、 有志が参列し、 司祭者が肩衣をつけ数珠をまさぐりながら祝詞をあげ、神に感謝するとともに今年の豊作を祈願する。 雨乞いの神事である。
この夫婦石まつりは、 素朴で純真な農民の願いがこめられた察りであり、 大正の中ごろまでは、 当日近郷近在で笹餅を作って祝ったと言われる。 祭りのあと参拝者は車座になり、 お供えの御神酒、するめ等で直会を催し下山する慣例になっており、今も続いている神仏混淆の祭礼である。

『羽咋市の文化財』羽咋市教育委員会発行




夫婦石

「一張羅」で男衆が雨乞い 羽咋市・大町で夫婦石まつり
男石の前で数珠を手に祝詞を奏上する三角町会長(前列左端)と役員ら=25日午前8時15分、羽咋市大町
 高さ約2・5mの男石の前に10人ほどの男衆が数珠をかけて手を合わせる。ところが、「始めましょう」の言葉に続いたのは「かくまくもかしこき」の祝詞だった。よく見れば、石にはしめ縄と御幣が張られ、前にはろうそくと線香の取り合わせ。男たちは皆、洗い立ての浴衣姿である。
 羽咋市の碁石ケ峰にほど近い大町の山中を車と徒歩で登ること約40分。男石、女石の大小二つからなる夫婦(めおと)石(いし)は、尾根沿いに15mほど離れてあった。25日、神と仏が混在する雨乞(ご)いの「夫婦石まつり」が行われた。男衆の浴衣姿はせめてもの正装であり、かつて農民が精いっぱいの形で豊作を祈った素朴で純真な思いを今に伝えている。
 この祭りに神職の姿はない。古くから住民代表、現在の町会長が執り行う習わしである。昨年からその役を務める三角昇栄さん(69)は「祝詞の読み方は歴代それぞれ違って棒読みもいるが、思いを込めて神主になりきることが大事だ」と10分ほどかけ、抑揚をつけて読み上げた。
 祭事の場所は「大峯」と名付けられた標高250mほどの地にあり、毎年、町会長と役員が祭事の道具を担いで登る。役員の一人、上野正範さん(62)は「休んだら大変なことになる」と力を込め、参列者も「夏の一張羅」である浴衣に着替え神妙な顔をそろえる。
 今年のような長雨の年には、そんなに力まなくてもと不遜(ふそん)な思いを巡らせていたら、古くからの言い伝えに教えられた。江戸時代のころまでさかのぼるある年、邑知地溝帯の一帯はひどい干ばつに苦しめられた。村人が祭主の山伏とともに、夫婦石に願をかけたところ、7日目の8月25日に大雨が降り、田んぼを潤したという。
 今では稲作の作業は1カ月早まり、雨乞いがこの時期でいいのか定かでなく、ため池も整備されるなど状況は一変した。しかし、今年は子ども会の約10人も一緒に登り、夫婦石に祈りをささげた。渇水への恐れと天の恵みに感謝する祭りは住民の心にしっかり根付き、次代へ受け継がれようとしている。(山本啓一)
 夫婦石まつり 正式には「御門石祭(みかどいしまつり)」といい、羽咋市指定文化財となっている。大正時代中期までは、近郷近在で笹もちを作って祝ったとされる。祭りに合わせた盆踊りも25日夜に行われてきたが、近年はその日に近い日曜の開催となった。夫婦石の男石は地上2・5m、周囲7・2m、女石は地上1・5m、周囲5・6m。

http://www.hokkoku.co.jp/subpage/TR20090826701.htm



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