由緒不詳。 山の中腹。見晴らしよい。 |
椋神社(野巻) 一、御祭神 猿田彦大神(無病息災 子孫繁栄の神) 合祀社 牛頭天王 秋葉神社 金山神社 稲荷神社 諏訪神社 八幡神社 神明社 八坂神社 天神社 他数社 二、御祭事 元旦祭 元日 節分祭 2月3日 春祭り(祈年祭) 3月14(近年は14日前後の休日) 例大祭(例祭) 10月15(近年は15日前後の休日) 初穂祭(新嘗祭) 12月5(近年は5日前後の休日) 大祓(大祓祭) 12月28日(近年は28日前の休日) 三、御由緒 当神社は延喜式内の一社で秩父地方屈指の古社であります。 延喜式内とは平安時代中期延喜5年(927)醍醐天皇の勅命により全国の著名神牡2861社を撰上し『延喜式内神名帳』に記載されたものをいいます。 秩父で延善式内どいわれる神社は秩父の総社である秩父神社と椋神社のみです。 「野巻」という地名は「野牧」と書かれた時代もあり昔当地に牧があったことから付けらわたとされております。 この地の牧はほ秩父三牧の一つで秩父十郎武綱によって開かれたとされております。 また承平3年(933)朱雀天皇が秩父三牧を勅旨牧に指定しおよそ百年間何度かにわたり朝庭に献馬させたという記録が太政官布告に残されております。 当地は自然環境にも恵まれ牧の設置には最適の地であったと思われますし牧原まこ田まこが前まごが屋敷まごが滝くつうちばうますてば等々牧に関係したと思われる地名が数多く残ざれていることからも秩父牧の一つであったことが確信されます。 そしてこの時代にこの地に住んだ人々が牧と自分達の守護神として当御祭神をお祀りされたものと思われます。 当神社は明治から昭和にかけて国神村の村社として多くの人々から崇拝されましたが現在も当所の人々の心のよりどころとして大切な役割をはたしております。 四、御社殿 御社殿は当初間口九尺奥行十二尺で棟が前後に走る木造茅葺屋根の小さなお社てあったとされております。 明治42年に現在の御社殿が造営されましたが屋根は麦藁葺棟は千木鰹木造りでした。 その後昭和25年に屋根を入母屋造り瓦葺きに改修し現在に至っております また境内は多くの当社崇敬者からのご奉納の品によって神社としての体裁を整えることができております 五、歴代宮司 不詳−船嵜千代松−船嵜覚三郎−船嵜富太郎−船嵜鶴吉 社頭掲示板 |