大和川南岸近く住宅地の中の小社。 志紀郡に居住した志紀氏が氏祖を祀ったものと思われる。 遺された史・資料などなく、往昔のことは詳らかにできない。 明治40年10月24四日黒田神社に合祀される。 昭和21年6月分離独立した。 |
大井のおやくっさん この堂は、今から約350年前に玄榮入道禅下というお坊さんが建立されました。 御本尊は、薬師如来をまつられています。 昔、香積山常楽寺奥坊と名付けられ近郷から、多数のお参りがありました。 なかでも、産後のご婦人が、お参りになると母乳がよく出るという言い伝えがあり、善女のお参りが絶えませんでした。 住職の玄榮入道禅下は、独身でしたので、後継者がなく、当時の信者数名に全てを依託されました。 以来、約350年その信者の子孫が、年中行事として、毎年1月(成人の日)と8月(盆おどりの日)に法要を勤め今日に至っています。 今では、1月と8月以外にも、毎月の第一日曜日の午前中に薬師堂を開扉して、製作年代が、平安時代後期(約九百年前)とみられる薬師如来坐像などを、ご覧いただけるようになっています。 大井薬師講 2005年4月記 社頭掲示板 |
志疑神社 河内国志紀郡大井村内字薬師 式内 志疑神社 祭神 素盞嗚尊 「イザナミ」「イザナギ」のみことの子で、天照大神の弟で出雲系民族の祖神といわれる。 ***給し天照大神を「天の岩戸」にかくさせ***天上から地上に追放され出雲国「斐ノ川」で八岐の大蛇を退治して「奇稲田姫」と結婚し大蛇の尾から出た「天叢雲剣」を天照大神に献上した。「英雄の神」「農業の神」とされ、氷川神社(埼玉県)矢坂神社(京都府)なぢに祭られている。 配神 右大臣(稲荷大神)左大臣(菅原大神)合社 本殿 棟行六尺五寸、梁行六尺五寸、落棟四尺、棟端三尺 拝殿 棟行五間半、梁行一間半 狛犬 高さ一間、巾三尺 (一対) 燈籠 高さ一間二尺、周囲四尺(一対) 境内 官有地第一種95坪、民有地第一種130坪 社頭掲示板 |
志疑神社 志疑は假字也○祭神詳ならず○大井村に在す、今天王と称す、(河内志、同名所図会)、 連胤按るに、志、紀氏に二流あり、恐らくは饒速日命の裔なる志貴縣主、志貴連等の祖神ならんか、前なる志紀縣主神社の條考へ合すべし、 神社覈録 |