栗原神社
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   【延喜式神名帳】栗原神社 鍬 河内国 高安郡鎮座

   【現社名】栗原神社
   【住所】大阪府東大阪市吉原 295-3
       北緯34度41分17秒,東経135度37分14秒
   【祭神】中臣雷大臣命、水分神、天児屋根命、品陀別命
       比売大神、経津主命、武甕槌命
       (比売大神以下は大正4年4月30日合祀)
       『河内国式神私考』雷大臣命一柱
       『河内國式内社目録稿本』「所祭栗原連祖神天児屋根命」

       延喜式に一座とあることから、本来の祭神は中臣雷大臣命一座と思われる
       中臣雷大臣命とは、当社の祭祀氏族とされる“中臣栗原連”の祖先という

   【例祭】10月15〜17日 例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】創建年は不詳
       明治5年(1872)村社
       貞観8年8月14日正六位上から從五位下
       貞観18年閏4月7日從五位上に進階

   【関係氏族】栗原連
   【鎮座地】移転の記録はない

   【祭祀対象】氏祖
   【祭祀】江戸時代は「梶原宮」と称していた
   【社殿】本殿
       拝殿・手水舎・社務所

   【境内社】栗玉神社・白菊稻荷神社

街中の平地の神社。北宮小学校東隣に鎮座する。神社の西約300mを八尾街道が南北に通つており、旧大和川洲、新開池の西南隅岸に位置していた。
当社は栗原連の氏神で、その祖神である雷大臣命、天児屋根命を祀つている。



由緒

当社創建年代は詳かではないが河内郡十座の一にましまして延喜式の所載になる古社、もと梶原宮とも称した。
明治5年村社に列し、現在当社の氏地は本地吉原 今栄及川中の一部にして代々氏子の尊崇厚く奉祀せらる。
現在の社殿は本殿寿殿手水舎社務所を有し境内600坪には本社・白菊稲荷神社・栗玉神社が祀られ桜杉樟を始め諸木繁茂し深厳なる森内に鎮座す。
昭和47年12月 社務所

社頭掲示板



式内 栗原神社略記

社名
 栗原は 「九里波良」 と訓むべしとあり、明治以前一時期 「梶原宮」 と称された。(昭和54年11月式内調査報告書より)
御祭神 中臣雷中臣命、水分神、天児屋根命、品陀別命
御由緒
 当社の創建年代は不詳であるが延喜5年(927)に完成した延喜式神名帳の河内郡十座の一に名を連ね、その社叢は旧新開地の西南隅岸に位置し、以来実に千百十余年栗原連の氏神として歴史を重ねる古社である。境内地は約600坪には、本殿、幣殿、拝殿、手水舎、社務所に地車収納庫を有し、松杉檜を始め諸木繁茂し深厳なる社の中に末社・白菊稲荷神社、栗原神社が祀られている。
現在執行の年中神事祭行事は次のとおり
・歳旦祭    1月1日
・節分祭    3月初旬
・稲荷祭    4月中旬
・秋例祭   10月第三日曜日
以上     平成26年1月

社頭掲示板



栗原神社境内 栗玉神社略記

御祭神 地主神(栗玉大神)
 地主神とは土地の守り神のことです。  また先祖信仰と深く関わりがり各家々の土地の守り神としても広く祀られてきました。
 粟玉神社の始まりは村人がいつものように本殿にお参りしていると突然古大楠木の横から白い蛇が現れ、神の声が聞こえ、そこに祀れと申された。
 それが粟玉大神の誕生だと伝えられています。
 それ以来、氏子の守り神、土地の守り神として大切に村人たちに信仰厚く祀られています。
       平成13年5月吉日

社頭掲示板



栗原神社 鍬

栗原は久里披良と訓べし○祭神詳ならず○吉原村に在す、今梶原宮と称す、(河内志、同名所図会)

神社覈録



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