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神社は石段を上ると山腹の非常に狭いところにある。小さい本殿は背後に岩壁を置いて建っている。見晴らしが良く山下の街が一望である。 若倭彦命神社とともに若倭部連の祖神を祀る氏神とされる。 中世の事情はよくわからないが、朝廷の祭祀との関係がなくなるとともに、医王山薬師寺(瑠璃光寺)の鎭守社となつたものと思われる。 江戸時代、『河内志』によると春日・白山を祀るとし、『河内名所図会』は春日・八幡を祀るとしている当時の社名はわからない。 『大阪府誌』には比古は北方、比売は南方と書いてあるが、現在は逆である。 |
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式内若倭姫神社 御祭神 若倭姫命 祭日 夏祭 7月31日 秋祭 10月15日 由緒 当社の創立年次は詳らかではない。 延喜式内の古社にして、大日本史及び式内細記に清和天皇貞観元年8月丙申従五位下を授け、醍醐天皇延喜の制祈年祭並びに加鍬一口とあり、又河内志神社要録には今春日八幡(春日白山)と称しこの地の産土神とす。とある。 社頭掲示板 |
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若倭姫命神社 鍬 若倭は前に同し、姫は比女と訓べし、〇祭神明か也〇平野村之内山井村に在す、今春日白山と称す、(河内志) 事は前に見ゆ 神社覈録 |