氷川神社に合祀されている三崎神社が式内完道神社であるとする説があるが、三崎神社の由緒、移転の詳細不詳。 明治7年(1874年)、猪道山にあった三崎神社と、町内にあった客社・恵美須社・焼火社を合祀して宍道町の氏神となった。 この三崎神社が、『出雲国風土記』にある「宍道社」、『延喜式神名帳』にある「宍道神社/完道神社(出雲国・意宇郡)」に比定される式内社(小社)の論社。 あるいは、当社自身、式内社「宍道神社/完道神社」とも主張する。 |
氷川神社 祭神 須佐之男命 櫛稲田媛命 天忍穂耳命 天穂日命 天津日子根命 活津日子根命 熊野久須玉命 多紀理毘女命 市杵島姫命 多岐都比売命 配神 大己貴命 大国主命 事代主命 客大明神 焼火大神 大日霊貴尊 当社は出雲国風土記延喜式には完道神社と称し貞観18年この地方に流行した悪病の平癒を祈願してこの地に勧請されたという。以後疾病退散 無病息災 開運延命の守護として地方民の崇敬を中世には佐々木氏、近世では堀尾京極松平の歴代松江藩主が祭□料を して祈願した。 また千家北島両出雲国造が火継神事のため大和へ参向の途中休息された由緒ある神社である。 明治3年祇園社を氷川神社と改称し明治7年猪道山にあった三崎神社(完道社)及び町内にあった客社恵美須社焼火社を合祀して宍道町の氏神となった。 明治40年には神饌幣帛供進社に指定され昭和50年には県特別神社に指定された。 社頭掲示板 |