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風土記の「久多美社」に相当する。 明治44年4月26日、一村一社の命を受け、現松江市東忌部町大宮神社社地に、素盞神社・七次神社・山智神社と共に合祀され、忌部神社となつたが、大正12年3月29日旧社地に遷り、旧社号の「久多美神社」の社額を新調して掲げてた。 |
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久多弥神社 明治44年の悲劇合祀後、大正12年3月29日舟木龍之介等平口部落民一五世帶は、山林一八○坪を拓き、残つてゐた社殿を地引し、新たに大國主命の御分靈を出雲大社から奉斎し、今日に至つた。戦國動乱の中の社運だつたといへる。 式内社調査報告 |