もとは西へ30町の初本村手力山の樹林の繁茂する中にあり、文武朝に役小角が伊豆国に流された折、秘にこの山に入つて通法の修行をした処と伝えられている。 慶安5年(1652)に現地へ遷されたが、「山神」と称され祭神は大山祇命であった。現祭神は明治2年(1869)以降の祭神である。 山神と称されたころは龍雲寺の持であった。 |
引手力男神社 鎮座地 静岡県伊東市十足150番地 御祭神 引手力男神 例祭日 10月15日 由緒 創建の年代は詳らかでないが、慶安3年に修造された棟札や、伊豆誌によると、当神社は本村手力山より現在地に遷祀されたことが記され、その記録に中に、当時の手力村の地形が詳らかに綴られ、樹林の中に建立する石造の小祠は、今尚千古の社跡を回顧させている。 往昔文武天皇の時代、役小角が大島に遠流の折、此の山に来て、通法を修業した由が記されている。 明治2年に現社号に改称された。 社頭掲示板 |
引手力命神社 引手力は比岐多知加良と訓べし○祭神手力雄命歟〇十足村手力雄山に在す、(志)例祭 伊豆志に、社ナシ、ヲドリ場ト云フ処アリ、今ハハナシ坂ト云フ、ヲトリヲ為テ祭リシ処カ、と云り、 神社覈録 |