「伊加麻志」の「伊加」は「神聖なさま」、「嚴粛なさま」の意味であろう。 イカマといふところに坐す神の意であるかにも思われる。 養伽山益山寺の本堂脇に鎮座している。 明治19年(1886)までは三島明神と称していた。明治・大正期までは祭神不祥であった。 養伽山益山寺は明治維新の神仏分離の時まで、長い間伊加麻志神社の別当寺であつた。 |
養伽山益山寺 標高300mの益山の上にある真言宗で、高野山の末寺である。空海の創建で、本尊の観世音菩薩はその自作であると伝へられている。 寺には三島代宮の寄進状や江川太郎左衛門の禁制文などが残っている。境内並びに参道には百体の観音の石仏があり、県内でも珍らしい石仏群集地である。又幕末の剣客「直指一刀流居士」の墓及び県指定の大楓、町指定の大銀杏がある。 大楓 (昭和30年2月25日 修善寺町文化財指定 根廻り 5.46m 目通り 4.05m 樹齢 860年位の県下最大の楓 大銀杏 昭和49年12月4日 修善寺町文化財指定 目通り 5.3m 樹高 25.3m 樹齢 350年〜400年 修善寺町教育委員会 社頭掲示板 |
伊加麻志神社 伊加麻志は假字也○祭神在所等詳ならず 神社覈録 |