元は現河津町立南小学校校庭の地にあった。明治44年に現社地(厳密には現社地のやや北東)にあった若宮八幡神社に近くの蔭山神社とともに合祀されて、社号を「姫宮神社」、主祭神を佐々原比当スに変更した。更に昭和38年に杉桙別命神社の本殿脇に遷座されたが、平成14年に再び現在地に返遷した。 |
姫宮神社 姫宮神社の祭神は、地主神で従四位上ササハラの明神である。女性の神で姫宮(比搭{)と呼んでいる。 来宮杉桙別命神社と同様、延喜式神名帳に登載されている式内社で、河津開闢の神である。明治6年9月に村社に列せられた。社殿はしばしば 洪水で流出して大社殿になれず、最後の庁屋も洪水で流失したといわれ、代々来宮神社の法印に祭祀されていたという。現在跡地付近より弥生時代から奈良、平安時代にかけての祭祀跡、住居跡、生活用具である土器や鉄器等が発掘されており、当時の文化を知る上で重要な遺跡となっている。 奥伊豆最古ともいわれる姫宮神社は、明治44年に笹原ケサガ久保へ遷祀されその後昭和38年3月田中杉桙別命神社に奉祀されていた。 近年、氏子を始め区民から笹原の地で氏神様を祀りたいという熱い思いが実り、ここに姫宮神社の再建がされた。 社頭掲示板 |