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江川盆地に沿い開拓の祖、尾張族が拡大繁昌して領地を拡めるため神社を建設した。 もと日貫村大明神と申所に鎮座の所、享保5年今の櫻井山(現在地)に遷。 古社地には小祠を置き、大明神と称し、祀っていたが、幕末の慶応3年(1867年)、その小社を合祀した。 |
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由緒 郡内式内社三座の一であって、文徳天皇仁寿元年2月京都大原野より勧請した。江川盆地に沿い開拓の祖、尾張族が拡大繁昌して領地を拡めるため神社を建設した。 全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年 |
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大原神社 島根県特別 式内大原神社 当社の御事 文徳天皇仁寿元年2月9日山城国官幣中社大原野神社を後土御門天皇享保5年御勧請し奉る 御祭神 天之子八根命 健御賀豆智命 伊波比主命 比売神 天之子八根命は天照大神に仕え奉り天之岩戸籠り高天原に於ける一大事変の時大神の御神慮を和け事変を治め平安に復し給う 皇室及び国家国民の調和を計り給う。 健御賀豆智命 伊波比主命 比売神の御三柱の神は天孫降臨の大事の時杵築の稲佐之浜に於て健御賀豆智命剣を抜きて倒まに指立て切先に座して威力を示しその非凡を顕し天孫降臨の大事に功あり。 以上四柱の神は威徳高く大日本開国の大基礎を定め古来皇室及び諸将軍の崇敬厚き神なり。 当社は清和天皇貞観3年神階従五位上を授かり醍醐天皇延喜式神名帳に於て小社に載せられ明治4年旧津和野藩主亀井茲監公より神鏡並びに献灯を奉納され崇敬の厚きを表し同8年7月各府県下四十一国に渉り県社郷社百二十四社之内郷社に列せられ昭和56年9月1日島根県特別神社に指定せらる。 境内神社 桜井神社は天歴8年辰霜月止の卯月に勧請し奉る 八幡宮は永禄6年森田対馬守宇佐神宮より勧請し奉る 当社は仁寿元年鎮座以来二千余年の古き神社にて昔から衣食住の大祖神として家運繁栄・海運・厄除・商売繁昌・安産・交通・学業・願望成就の守護神として崇敬・・・・・・神徳の顕著が伝えらる。 平成18年1月吉日 宮司 静間智照 社頭石碑 |