伊甘神社
いかんじんじゃ 所在地 社名















   【延喜式神名帳】伊甘神社 石見国 那賀郡鎮座

   【現社名】伊甘神社
   【住所】島根県浜田市下府町935
       北緯34度55分47秒、東経132度6分38秒
   【祭神】天足彦国押人命
   【例祭】10月10日 例祭
   【社格】旧村社
   【由緒】貞観3年(861)5月5日鎮座
       貞観17年(875)正五位下
       元慶3年(879)正五位上
       明治5年村社

   【関係氏族】猪甘首
   【鎮座地】以前は「吹上浜」と称する東北方の小高い丘上に鎮座
        その後現在の地に

   【祭祀対象】
   【祭祀】
   【社殿】本殿春日造
       幣殿・拝殿・社務所・神輿庫

   【境内社】
   【別当】光明寺(真言宗)

猪甘首の祖、天足彦国押人命を祭祀したものと思われる。
境内右手には、「国府跡」の石碑があり、この地は石見国府跡推定地。


由緒

御祭神 天足彦国押人命 延喜式神明帳に「石見国那賀郡十一座小並伊甘神社云々」。三代実録に「貞寛11年甲申石見国従五位勲七等下元慶3辛卯授石見国正五位下勲七等伊甘神社正五位上云々」明治5年村社に列し幣帛共進神社に指定せられ昭和21年8月1日宗教法人令に則る神社として神社本庁に従座した。

全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年



伊甘神社


一、社名 式内伊甘神社
一、祭神 天足彦国押人命
一、創建 貞観3年5月5日
一、例祭
 10月10日
一、配祀 府中神社
由緒
式内伊甘神社は第60代醍醐天皇延喜3年制定延喜式の内神明帳に登載されている石見國式内神社三十四座の一座であって歴史上重要な銘社である。
祭神は古代石見他方開拓に労力した「小野族」の遠祖であって当時国幣並社の待遇を與えられていた。
明治5年村社に列し昭和21年宗教法人神社本庁に従属し今日に到る現在の社地に石見国府跡であって社宝に印鑰神社の棟札を保存している。
本殿の形式は「変態春日造」である
昭和42年10月17日

社頭掲示板



御所の池

この池は古来「御所の池」と呼ばれている
このあたりの字名を御所と称し、石見国庁跡とされているが、「御所の池」は曽ては国庁庭園の池であったと古老は伝える。ここら一帯は、下府砂丘下の、清水がこんこんと豊富に湧き出る水筋にあたり。どんな日照り年でもこの水が涸れたことがない。この地域に国庁が置かれた理由の一つに挙げられている。
この池を「伊甘の池」ともいう。古き伊甘郷の中心にある池の意か、または現存する伊甘神社に因んだものか。なお、「伊甘」を「井甘」として「甘水の湧き出る井」に解し伊甘郷名の起源とする説(石見八重葎)もあるが、それよりも、大昔この地を開拓した「猪甘部」によるとするのが有力である。
昭和59年7月

社頭掲示板



伊甘神社のイチョウムクノキ

市指定天然記念物
伊甘神社のイチョウムクノキ
指定 昭和48年5月1日
伊甘神社の拝殿右側の巨木は、高さ約35m、幹回リおよそ6.5mのイチョウです。樹齢は推定で約500年と思われます。秋の紅葉はひときは美しく、地表にはぎんなんを敷きつめます。
拝殿左側の広場にある巨木は、高さ約20m、幹回りおよそ6mのムクノキです。樹齢は推定で約400年と思われます。 イチョウ・ムクノキとも落葉高木ですが、この二株は市内でも特に大きなものです。
巨木のある伊甘神社は『日本三代実録』(901年)に貞観11年(861)として、伊甘神社の名を見ることができ、また「延喜式」(927年)にも記載されている神社です。さらに、この地は石見国府の推定地の一つともされています。昭和53年に島根県教育委員会が発掘調査を行ったところ、古墳時代中ごろの祭祀の跡や奈良時代以降の柱跡を確認しましたが、国府跡の確認にはいたりませんでした。
平成4年3月浜田市教育委員会

社頭掲示板



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