一説に伊伎神社は、当郡に居住の一岐直の一族が、祖廟と崇め祠つたもので、その祭神は一岐氏の祖雷大臣命であるとする 古く白山神社を称し、その境内社として日本武尊・男大迩(継体)天皇・安閑天皇を祭神とする伊伎神社があつたという。この境内社伊伎神社が、明治25年本社白山神社へ合祀され、更に同40年社號を伊伎神社へと改称した。 |
式内伊岐神社の由緒 当社は宝亀6(775)年に創祀された、延喜式内の古社であります。 永正12(1515)年、神社社殿悉く焼失するも、万治3(1660)年再び建立。 明治25(1892)年、白山神社の境内地にあった伊岐神社並びに薬師神社を白山神社に合祀。社格制定により指定村社になる。明治40(1907)年9月18日、丑卯堂山の大日?貴尊(?は「雨冠」に「口」を三つ並べてその下に「女」)を祀る村社神明神社・出垣内の大山祇女命を祀る無格者観山神社・萩野(宮の坂山)の伊弉册尊を祀る無格社白山神社を合祀し、官許を得て白山神社から「伊岐神社」に改称する。又、帝釈天堂・毘沙門天堂を新築祭神遷座。 大湊神社HP |